目次
はじめに
対称性ジメチルアルギニン(SDMA)は、慢性腎臓病(CKD)の早期発見に役立つ可能性を秘めたバイオマーカーとして注目されています。しかし、その測定値の解釈にはいくつかの課題があり、必ずしも早期診断を容易にするものではないことも指摘されています。
SDMAの概要と早期診断への期待
SDMAは、主に腎臓の糸球体で濾過・排泄される代謝産物です。そのため、血中SDMA濃度は糸球体濾過量(GFR)と良好な相関を示すと考えられています。
犬や猫を対象とした長期的な研究では、血清クレアチニン濃度が正常範囲を超えるよりも早く(犬で平均9.5ヶ月前、猫で平均17ヶ月前)血清SDMA濃度が上昇したとの報告があり、クレアチニンよりも早期に腎機能低下を検知できる可能性が示唆されています。
この知見に基づき、国際獣医腎臓病研究グループ(IRIS)はCKDの病期分類にSDMAを取り入れています。
具体的には、クレアチニン値が正常範囲内であっても、SDMAが持続的に上昇していればCKDステージ1と診断されます。
猫のIRIS CKDステージ分類では、ステージ1のSDMAカットオフ値は18 μg/dL未満、ステージ2では18-25 μg/dLなどと設定されており、SDMAは早期診断ツールとして位置づけられています。
SDMA測定と解釈における課題
一方で、SDMAの測定や解釈にはいくつかの問題点があり、早期診断の精度に関する懸念も指摘されています。
富士フイルム第20回日本獣医内科学アカデミー学術学会 IRIS CKDガイドラインアップデート2024
・院内測定装置と外部検査機関での測定値に差が生じる可能性があり、院内測定装置の方が低い値を示す傾向が報告されています。
・院内測定装置は検体の保存状態(凍結保存が望ましい)の影響を強く受ける可能性があります。
そのため、SDMAの評価は院内測定か外部検査のどちらか一方に統一し、混在させないことが推奨されます。
ある研究では、特定の院内測定装置で測定した猫のSDMA値とGFRとの間に相関が見られず、その装置を用いたSDMA測定は早期CKD診断には不適切であったと結論付けられています。
これは、SDMAが常に信頼できる早期診断マーカーとは限らない可能性を示しています。

7歳以上の健康な猫を対象とした研究で、クレアチニン値に年齢による有意差はなかったものの、SDMA値は年齢グループ間で乖離が見られたと報告されています。
この結果から、IRISのステージ分類におけるSDMAのカットオフ値(14 μg/mLまたは18 μg/dL)が、特に高齢猫においては不適切である可能性が指摘されています。
SDMAはクレアチニン(8.3%)と比較して個体内変動(14.0%)が大きく、検査機関による測定値の変動も非常に大きいことが知られています。これらの変動は、単回測定による早期診断の確実性に影響を与える可能性があります。
もしSDMAも測定していきたいということであれば頻回測定をおすすめします。
特定の犬種(グレイハウンド、バーマン、柴犬の傾向)でクレアチニンとSDMAが高値を示す報告があります。
フィラリア症やリンパ腫などの疾患でもSDMAが上昇することが報告されており、SDMAの上昇が必ずしも腎機能低下のみを意味するわけではないため、他の要因を考慮した鑑別診断が必要です。
他の疾患や種差を考慮するのはSDMA以外の検査においても同じことが言えます。
健常な動物とCKDに罹患した動物との間で測定値が重なる部分が多く、これが診断精度における課題となっています。
結論と今後の展望
SDMAは、早期の腎機能低下を検出する可能性を秘めており、IRISのCKD早期ステージ分類にも活用されています。
しかしながら、測定の信頼性、年齢や他の疾患による影響、測定値の変動といった様々な課題が存在するため、SDMA単独での早期診断確定は困難と言えます。
SDMAに関する様々な問題点を認識しつつも、IRISのガイドライン改定を含めた今後の動向に注目しています。
GFRの評価においては、SDMAだけでなくクレアチニンなど他の指標も組み合わせた多角的な評価が重要であり、健常動物と罹患動物の測定値の重複といった課題の解決には、今後のさらなる研究が待たれます。
SDMAは有用なマーカーの一つかもしれませんが、その解釈には慎重さが求められます。
比較的安定しており長年使用されているクレアチニンも理想のマーカーとは到底言いづらいです。
尿比重測定や画像検査、クレアチニンなどSDMA以外の検査も含め総合的に判断することが重要です。
