
ソラちゃんの検査結果ですが、『FGF-23』という数値が少し高めですね。

えふじーえふ…? 先生、それは何ですか? 初めて聞きました。

腎臓の負担を早期に知るための大切なマーカーです。血液検査の『リン』の数値はまだ正常範囲なのですが、このFGF-23が高いということは、水面下で腎臓がリンを排出しようと頑張り始めている、というサインなんです。ですから、そろそろ療法食を検討していきましょう。

リンは正常なのに、もう療法食なんですか…? なんだか不安です…。
こんな風に、動物病院で聞き慣れない「FGF-23」という言葉を告げられ、戸惑いや不安を感じていませんか?
大切な愛猫のことだからこそ、きちんと納得して治療を進めたいですよね。
この記事では、そんな飼い主様の不安や疑問を解消するため、慢性腎臓病(CKD)の管理で今、最も注目されているマーカー「FGF-23」について、獣医師が徹底的に解説します。
- FGF-23が猫の腎臓病でなぜ重要なのか?
- 数値が高いと、将来どんなリスクがあるの?(予後との関係)
- リンが正常値でも食事療法を勧められる理由
- 療法食を始めるべき具体的なFGF-23の数値(最新ガイドライン)
- 次の診察で獣医師に確認すべきことリスト
【前半】愛猫のFGF-23が高いと言われた飼い主様へ
FGF-23は、腎臓の「隠れたSOSサイン」を見つける警報装置
猫の慢性腎臓病(CKD)では、「リン(P)」というミネラルの管理が非常に重要です。腎臓の機能が落ちてくると、体にリンが溜まりやすくなり、これがさらに腎臓にダメージを与えてしまうからです。
体には、このリンのバランスを保つための仕組みが備わっています。その司令塔の役割を果たすのが、骨から分泌される「FGF-23」というホルモンです。
腎臓の機能が少し落ち始めると、体はリンをなんとか排出しようと頑張って、FGF-23をたくさん分泌します。つまり、血液検査でリンの数値がまだ正常でも、水面下では腎臓が無理をしており、その負担がFGF-23の上昇という形で現れるのです。
FGF-23は、いわば「目に見えないリンの負担(隠れリン)」をいち早く知らせてくれる、早期警告アラームのようなものだとイメージしてください。
次の診察で安心するために。獣医師への相談・質問リスト
FGF-23について理解できても、いざ獣医師を目の前にすると何をどう聞けばいいか分からなくなってしまうことも。次の診察で、愛猫にとって最善の選択をするために、このリストを活用してください。
【次の診察に持参・確認しよう!やることリスト】
□ 食事の記録: 今食べているフードやおやつの商品名と成分がわかる写真
□ 体調のメモ: 最近の飲水量、尿の回数や量、食欲の変化などを記録したもの
【先生に聞いてみよう!質問リスト】
□ うちの子のFGF-23の具体的な数値はいくつですか?
□ この数値は、今後の病気の進行や予後とどう関係しますか?
□ いつから食事療法(リン制限)を始めるのが推奨されますか?
□(特に猫の場合)高カルシウム血症のリスクはありますか?イオン化カルシウムの測定は必要ですか?
□ もし食事療法を始めるなら、どんなフード(リン含有量など)が最適ですか?
【獣医師の視点】
診察室でFGF-23の結果をお伝えすると、「まだリンは正常なのに…」と戸惑われる飼い主様もいらっしゃいます。しかし、この「まだ正常」の段階でリンへの配慮を始めることが、実は5年後、10年後の愛猫のQOL(生活の質)を大きく左右する可能性があるのです。FGF-23は、体が頑張ってリンのバランスを保っている「努力の証」のようなもの。体が疲れ切ってしまう前に、食事という形でそっと手助けをしてあげる、というイメージを持っていただけると良いかもしれません。
前半のまとめ:サインを見逃さず、次のアクションへ
FGF-23は、愛猫の腎臓が発する「隠れたSOSサイン」です。このサインに早く気づき、かかりつけの獣医師と相談しながら適切な管理を始めることが、今後の穏やかな毎日のためにとても重要になります。不安な点があれば、ぜひ上記のリストを活用してください。
より専門的な体の仕組みや、FGF-23に関する詳しい研究内容について知りたい方は、このまま後半の解説もご覧ください。
【後半】より詳しく知りたい方へ
FGF-23の専門的解説:病態生理と臨床的意義
ここでは、FGF-23が獣医療においてなぜ重要視されるのか、より専門的な視点から解説します。
FGF-23の作用機序
FGF-23は、主に骨細胞から分泌されるホルモンで、2つの主な働きにより血中のリン濃度を下げます。

腎臓の尿細管に働きかけ、リンの再吸収を抑制し、尿中への排泄を促します。この作用には「Klotho(クロトー)蛋白」というパートナーが必要です。CKDが進行するとKlotho蛋白が減少し、FGF-23がたくさんあっても効きにくくなります(FGF-23抵抗性)。
活性型ビタミンD3の合成を抑えることで、腸管からのリンの吸収を低下させます。
【深掘り解説①】FGF-23と予後の関係
FGF-23は、CKDの進行度を測るだけでなく、将来のリスクを予測する「予後予測マーカー」として非常に優れています。
猫における予後との強い関連性
複数の研究により、FGF-23濃度が高い猫は生存期間が短いことが示されています。
犬についても報告は少ないですが、猫と同様にFGF-23が高値であると生存期間が短そうです。(他の要因も関係しているかもしれません。)

イヌ:FGF-23が450pg/mlを越えているかどうかで分けると予後の差がみられている
従来、リンの代謝異常の指標としては上皮小体ホルモン(PTH)が測定されてきました。しかし、FGF-23はPTHよりも早い段階から上昇し始めます。ある研究では、犬のIRISステージ2において、FGF-23の上昇が73%で見られたのに対し、PTHの上昇は31%に留まりました。この早期検出能力の高さが、FGF-23がより注目される理由の一つです。

糸球体ろ過量(GFR)が低下していく中でリンの上昇より前にFGF-23が最も早く上昇する。
腎臓の機能低下を早く検出するためには使えない
これをみると「SDMAが早期に腎機能の低下を検出するかも?(諸説あり)」と言われているようにFGF-23も使えるのでは?と思われるかもしれませんが、現時点ではリンの管理での使用のみになります。
GFRとは「糸球体濾過量(Glomerular Filtration Rate)」の略で、腎臓の機能を示す値です。腎臓の糸球体が1分間にどれくらいの血液を濾過して尿の元を作れるかを示し、この値が低いほど腎臓の機能が低下していることを意味します。
まだ腎臓の数値(クレアチニンなど)が正常なIRISステージ1の猫でも、FGF-23が高いと1年以内に高窒素血症を発症するリスクが高いこともわかっています。
【深掘り解説②】治療への応用と最新ガイドライン
FGF-23の測定は、実際の治療方針を決定する上で重要な役割を果たします。FGF-23が高値を示した場合の主な治療法は、食事やサプリメントによって体内のリンをコントロールする「リン制限」です。
- 猫のCKD治療の新常識:IRISガイドライン
国際獣医腎臓病研究グループ(IRIS)ガイドラインでは、猫のCKDステージ1および2において、FGF-23の数値に基づいた具体的な治療開始基準が導入されました。(犬では未設定)- FGF-23 > 400 pg/mL: 血清リン濃度が正常でも、この値を超えた場合はリン制限食(腎臓病用療法食)の開始が提言されています。食事からのリン摂取を減らすことが第一の治療となります。
- FGF-23 > 700 pg/mL: 食事療法だけでは不十分と判断され、食事中のリンを消化管で吸着して便として排泄させる「リン吸着剤」の使用が推奨されます。
- FGF-23測定時の注意点:高カルシウム血症との関連
FGF-23が高値を示した場合、特に猫では注意すべき「落とし穴」があります。それは、リンの蓄積だけでなく「高カルシウム血症」によってもFGF-23が上昇することがある、という点です。
もし、この高カルシウム血症が隠れている猫に、画一的にリン制限が強化された腎臓病用療法食を与えると、高カルシウム血症を悪化させ、かえって腎臓にダメージを与えてしまう危険性があります。
そのため、FGF-23が高値の猫では、イオン化カルシウム(Ca²⁺)も同時に測定し、全身のミネラルバランスを評価した上で、個々の状態に合わせた慎重な食事選択(リン含有量が調整されたフードなど)が求められます。(通常の生化学検査ではなく、外注やイオン化カルシウムの測定機器があります。)
【深掘り解説③】FGF-23を測定せずにリン制限を行うリスク
では、FGF-23を測定せず、IRISステージだけを基に画一的にリン制限を始めると、どのような医学的リスクがあるのでしょうか。
- 栄養不良による筋肉量低下(サルコペニア)のリスク
腎臓病用療法食は、リンと共にタンパク質も制限されていることが一般的です。しかし、まだリン制限が不要なCKDの早期ステージ(FGF-23が正常範囲内)の猫に過度な食事制限を行うと、タンパク質不足による筋肉量の低下(サルコペニア)や体重減少を招く可能性があります。猫のCKDでは、筋肉量を維持することが生存期間にも関わるため、不必要な食事制限はかえって健康寿命を縮める危険性があります。 - 隠れた高カルシウム血症を悪化させるリスク
前述の通り、FGF-23を測定しなければ、高値の原因がリンの蓄積なのか高カルシウム血症なのかを区別できません。もし高カルシウム血症が原因である猫に、画一的に腎臓病療法食を与えてしまうと、高カルシウム血症をさらに悪化させ、腎臓への石灰化などを通じてCKDの進行を早めてしまうという最も避けたい事態を招くリスクがあります。
基本的な治療方針
リンやFGF-23、イオン化カルシウムを測定して、以下の状態にそれぞれ対応していく。(測定できない場合はリンのみでひとまず対応していくことになる。)
- 高リン血症➤リン制限食やリン吸着剤
- 低カルシウム血症➤カルシウム補充やカルシトリオール
- 高カルシウム血症➤カルシウム受容体作動薬
治療薬の選択はそれぞれの状態に応じて使い分けます。
専門的なFAQ
- FGF-23は、腎臓病そのものを診断する検査ですか?
- いいえ、FGF-23はCKDの診断マーカーとしては利用できません。CKDと診断された後、主にリンなどのミネラル代謝異常の程度を把握し、食事療法といった治療方針を決めるための「病態把握マーカー」として活用されます。
- 腎臓病の早期マーカーとして知られる「SDMA」とはどう違うのですか?
- SDMAは主に腎臓の濾過機能(GFR)の低下を早期に反映するマーカーです。一方、FGF-23はGFRの低下に伴って起こる「リンの蓄積(ミネラル代謝異常)」を早期に反映するマーカーです。それぞれ腎臓の異なる側面の状態を示しています。FGF-23は腎臓以外の影響での変動が大きく、GFRを反映しているとは限らないです。
- 犬には、猫のようなFGF-23を使った食事療法の基準はないのですか?
- はい、2024年現在、IRISガイドラインで犬の早期CKDに対する明確なFGF-23の数値基準は示されていません。しかし、犬においてもFGF-23がCKDの進行や予後と関連する重要なマーカーであることは確認されており、獣医師の総合的な判断のもとで食事療法を開始する指標の一つとして活用されています。
まとめ
FGF-23は、猫の慢性腎臓病(CKD)の管理を大きく変える可能性を秘めた、非常に重要なバイオマーカーです。この数値を正しく理解し、かかりつけの獣医師と密に連携することで、画一的な治療ではなく、愛猫一頭一頭の状態に合わせた、よりきめ細やかな治療計画を立てることが可能になります。
この記事が、飼い主様の不安を少しでも和らげ、愛猫との大切な時間を穏やかに過ごすための一助となれば幸いです。
- 富士フイルム 内分泌検査
- イヌとネコの腎泌尿器病学
- International Renal Interest Society (IRIS) Guidelines
- Veterinary Internal Medicine 9th Ed.
- Isakova T, Wahl P, Vargas GS, et al. Fibroblast growth factor 23 is elevated before parathyroid hormone and phosphate in chronic kidney disease. Kidney Int 2011 79: 1370-1378.
- Miyakawa H, Hsu HH, Ogawa M, et al. Association between serum fibroblast growth factor-23 concentrations and blood calcium levels in chronic kidney disease cats with upper urolithiasis. J Feline Med Surg. 2022.
- Finch NC, Geddes RF, Syme HM, et al. Fibroblast growth factor 23 (FGF-23) concentrations in cats with early nonazotemic chronic kidney disease (CKD) and in healthy geriatric cats. J Vet Intern Med 2013; 27: 227-233.
