甲賀セレネ動物病院https://selene-ah.com滋賀県甲賀市・湖南市の動物病院Sun, 11 May 2025 12:03:27 +0000jahourly1https://selene-ah.com/wp-content/uploads/2025/04/cropped-cropped-cropped-ロゴ緑-32x32.jpg甲賀セレネ動物病院https://selene-ah.com3232 犬と猫の多飲多尿https://selene-ah.com/pupd/Sun, 11 May 2025 12:02:55 +0000https://selene-ah.com/?p=1154

犬と猫の多飲多尿 「最近、うちの子、お水を飲む量が増えた気がする…」 「おしっこの回数や量が前より多いような…」 大切な家族であるわんちゃん・ねこちゃんの些細な変化は、飼い主さんにとって心配の種ですよね。もし、以前よりも ... ]]>

犬と猫の多飲多尿

おしっこの回数や量が前より多いような…

犬と猫の多飲多尿

「最近、うちの子、お水を飲む量が増えた気がする…」 「おしっこの回数や量が前より多いような…」

大切な家族であるわんちゃん・ねこちゃんの些細な変化は、飼い主さんにとって心配の種ですよね。もし、以前よりもお水をたくさん飲み、おしっこをたくさんするようになったと感じたら、それは「多飲多尿(たいんたにょう)」という状態かもしれません。

多飲多尿は、それ自体が病名ではなく、体のどこかに不調があることを示すサインの一つです。この記事では、多飲多尿とは何か、どんな原因が考えられるのか、そして動物病院ではどのような検査や診断が行われるのかを、飼い主さんに分かりやすく解説します。

「多飲多尿」ってどんな状態? – まずはチェックしてみましょう

多飲(たいん)とは? 普段よりも明らかに多くの量のお水を飲む状態のことです。

  • わんちゃんの場合: 一般的に、1日に体重1kgあたり100ml以上のお水を飲むと多飲と考えられます。(例:体重5kgのわんちゃんなら500ml以上)
  • ねこちゃんの場合: 一般的に、1日に体重1kgあたり50ml以上のお水を飲むと多飲と考えられます。(例:体重4kgのねこちゃんなら200ml以上)

ただし、これらはあくまで目安です。気温が高い日や運動後、ドライフードを主食にしている場合などは飲水量が増えることもあります。普段の飲水量を把握しておき、「いつもと比べてどうかな?」という視点が大切です。

多尿(たにょう)とは? おしっこの回数や量が普段よりも増える状態のことです。

  • おしっこの回数が明らかに増えた
  • 1回のおしっこの量が多い(おしっこシートがびっしょりになるなど)
  • 夜中に何度もおしっこで起きるようになった
  • 今までしなかった場所でおしっこをしてしまう(おもらし)

これらの変化に気づいたら、多飲多尿の可能性があります。

どうして多飲多尿になるの? – 考えられる主な原因

多飲多尿は、体内の水分バランスを調整する仕組みに何らかの問題が起きているサインです。その背景には、さまざまな病気が隠れていることがあります。

わんちゃん、ねこちゃんで比較的多く見られる原因には、以下のようなものがあります。

  • 腎臓の病気(慢性腎臓病など): 腎臓は、体に必要な水分を再吸収し、不要なものを尿として排泄する大切な役割を担っています。腎臓の機能が低下すると、尿を濃縮する力が弱まり、薄いおしっこがたくさん出るようになります。その結果、失われた水分を補おうとしてお水をたくさん飲むようになります。
  • 糖尿病: 血液中の糖分(血糖)が多くなりすぎると、尿の中にも糖があふれ出てきます。この時、糖と一緒に水分も尿としてたくさん排泄されてしまうため(浸透圧利尿)、脱水を補うためにお水をたくさん飲むようになります。食欲があるのに痩せてくる、といった症状が見られることもあります。
  • ホルモンの病気:
    • 副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)(主にわんちゃん): 副腎からコルチゾールというホルモンが過剰に分泌される病気です。このホルモンの影響で、お水をたくさん飲み、おしっこも多くなります。その他、お腹が張る、毛が薄くなる、食欲が増すなどの症状が見られることがあります。
    • 甲状腺機能亢進症(主にねこちゃん): 甲状腺から甲状腺ホルモンが過剰に分泌される病気です。体の代謝が活発になりすぎることで、多飲多尿のほか、たくさん食べるのに痩せてくる、攻撃的になる、よく鳴くなどの症状が見られます。
    • 上皮小体(副甲状腺)機能亢進症: カルシウム濃度を調節するホルモンの異常で、血液中のカルシウム濃度が高くなりすぎると、腎臓の尿濃縮機能が妨げられ、多飲多尿になることがあります。
  • 肝臓の病気: 肝臓の機能が低下すると、体内の水分バランスの調整に影響が出ることがあります。
  • 子宮蓄膿症(避妊手術をしていない女の子のわんちゃん・ねこちゃん): 子宮の中に細菌が感染し、膿がたまる病気です。細菌が出す毒素の影響で、多飲多尿の症状が出ることがあります。元気消失、食欲不振、お腹の張り、陰部からの膿の排出なども見られます。緊急性の高い病気です。
  • その他:
    • 薬剤の影響: ステロイド剤や利尿剤など、一部の薬の副作用として多飲多尿が見られることがあります。
    • 心因性多飲: ストレスなどが原因で、病的な理由なくお水を過剰に飲んでしまう状態です。
    • 食事内容: 塩分の多い食事などは飲水量を増やすことがあります。

これらの原因は一部であり、他にも様々な病気が考えられます。自己判断せずに、獣医師に相談することが非常に重要です。

動物病院ではどんな検査をするの? – 診断までの流れ

「うちの子、もしかして多飲多尿かも…」と動物病院を受診すると、獣医師はまず、本当に多飲多尿かどうか、そしてその背景にどんな原因が隠れているのかを調べるために、以下のようなステップで診断を進めていきます。

  1. 詳しい問診:
    • いつから症状が始まったのか、飲水量やおしっこの状態(回数、量、色など)は具体的にどう変化したか、他に変わった様子はないか(食欲、元気、体重の変化など)、普段の食事内容、投薬歴などを詳しくお伺いします。飼い主さんからの情報は診断の大きな手がかりになりますので、気づいたことは何でもお伝えください。
    • 可能であれば、事前に24時間の飲水量を測っておくと、より正確な情報になります。
  2. 身体検査:
    • 体重測定、体温測定、心音や呼吸音の聴診といった基本的な検査に加え、皮膚の状態(乾燥していないか)、お口の中(乾燥や口臭)、お腹の触診(腎臓や肝臓の大きさ、しこりの有無など)、リンパ節の腫れなどをチェックします。
  3. 尿検査:
    • おしっこを採取して、その性状を詳しく調べます。
    • 尿比重: おしっこの濃さを測ります。多尿の場合、薄いおしっこ(尿比重が低い)が出ていることが多いです。
    • 尿試験紙: 尿中のタンパク、糖、ケトン体、潜血(血液が混じっているか)、pHなどを調べます。例えば、尿糖が出ていれば糖尿病の可能性が高まります。
    • 尿沈渣(ちんさ)検査: 尿を遠心分離して底にたまった成分(細胞、細菌、結晶など)を顕微鏡で観察します。感染や結石、炎症などがないかを確認します。
    • 場合によっては、尿中のタンパク質の量をより正確に調べる検査(尿タンパク/クレアチニン比)や、細菌感染が疑われる場合には尿の培養検査(どんな細菌がいて、どんなお薬が効くか調べる)を行うこともあります。
  4. 血液検査:
    • 血液を採取して、全身状態や内臓の機能を評価します。
    • 全血球計算(CBC): 赤血球、白血球、血小板の数を調べ、貧血や炎症、脱水などがないかを見ます。
    • 血液生化学検査: 肝臓、腎臓、膵臓などの内臓の機能や、血糖値、電解質(ナトリウム、カリウム、カルシウムなど)、タンパク質、コレステロールなどの値を調べ、異常がないかを確認します。
  5. 追加の検査:
    • 上記の検査で原因が特定できない場合や、さらに詳しい情報が必要な場合には、以下のような検査を行うことがあります。
    • ホルモン検査: 特定のホルモンの病気(クッシング症候群、甲状腺機能亢進症、尿崩症など)が疑われる場合に、血液中のホルモン濃度を測定します。特殊な刺激試験(薬を注射してホルモンの反応を見る)を行うこともあります。
    • 画像検査:
      • X線検査(レントゲン検査): 腎臓や膀胱の大きさ、形、結石の有無、胸部の状態(心臓や肺)などを確認します。
      • 超音波検査(エコー検査): 腎臓、肝臓、副腎、膵臓、子宮などの内臓の内部構造をより詳しく見ることができます。しこりや炎症、形態の異常などを発見するのに役立ちます。
      • CT検査やMRI検査: より詳細な情報が必要な場合に、専門施設に依頼して行うことがあります。
    • 水制限試験・ADH負荷試験: 他の病気が否定された上で、尿崩症や心因性多飲が疑われる場合に、専門的な管理下で行われることがある検査です。

これらの検査を組み合わせることで、多飲多尿の原因となっている病気を特定し、適切な治療法を決定していきます。

飼い主さんに知っておいてほしい大切なこと

  • 早めの相談が肝心です: 多飲多尿は、治療可能な病気の初期症状であることも少なくありません。早期に発見し、適切な治療を開始することで、わんちゃん・ねこちゃんの負担を減らし、より良い状態を長く保つことにつながります。
  • 自己判断でお水の量を制限しないでください: 病気によっては、お水を制限することがかえって危険な状態を招くことがあります。必ず獣医師の指示に従ってください。
  • 原因によって治療法は異なります: 多飲多尿の治療は、その原因となっている病気に対して行われます。獣医師とよく相談し、その子に合った治療法を選んでいきましょう。
  • 記録をつけましょう: 普段から飲水量やおしっこの状態を気にかけて記録しておくと、変化に気づきやすく、動物病院を受診した際にも役立ちます。
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犬の副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)とは?https://selene-ah.com/hac/Fri, 09 May 2025 14:31:38 +0000https://selene-ah.com/?p=1147

副腎皮質機能亢進症(HAC)、一般にクッシング症候群として知られるこの病気は、体内でコルチゾールというステロイドホルモンが過剰に長期間産生されることによって引き起こされる内分泌疾患です。 コルチゾールは「ストレスホルモン ... ]]>

犬のクッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)

副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)とは?

副腎皮質機能亢進症(HAC)、一般にクッシング症候群として知られるこの病気は、体内でコルチゾールというステロイドホルモンが過剰に長期間産生されることによって引き起こされる内分泌疾患です。

コルチゾールは「ストレスホルモン」とも呼ばれ、体の様々な機能調節に不可欠ですが、過剰になると多くの問題を引き起こします。

正常なホルモン調節の仕組みとコルチゾールの産生

通常、コルチゾールの分泌は、脳の視床下部下垂体、そして腎臓の上にある副腎(特にその外側の皮質部分)によって巧妙に調節されています(これを視床下部-下垂体-副腎皮質系:HPAA系と呼びます)。

  1. 視床下部がコルチコトロピン放出ホルモン(CRH)を分泌。
  2. CRHが下垂体を刺激し、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)を分泌。
  3. ACTHが副腎皮質を刺激し、コレステロールを原料として様々な酵素(CYP11A1, 3β-HSD, CYP17, CYP21, CYP11B1など)の働きにより、コルチゾール(主に束状層で産生)、アルドステロン(主に球状層で産生)、副腎アンドロゲン(主に網状層で産生)などのステロイドホルモンが作られます。
  4. 血液中のコルチゾール濃度が上昇すると、視床下部と下垂体に作用してCRHとACTHの分泌を抑制します(ネガティブフィードバック)。これにより、コルチゾール濃度は適切に保たれます。

クッシング症候群では、この調節メカニズムのどこかに異常が生じます。

クッシング症候群の原因(病因)

犬のクッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)は、体内でコルチゾールというホルモンが過剰に分泌され続ける状態です。その原因にはいくつかのタイプがあります。

① 下垂体依存性クッシング症候群(PDH)

発生頻度:約80〜85%

原因:脳の下垂体にできた小さな腫瘍(多くは良性)によって、ACTHが過剰に分泌されます。

結果:両方の副腎が過形成(大きくなり)、コルチゾールが過剰に分泌されます。

補足:腫瘍が大きくなると(マクロアデノーマ)、神経症状が出ることも。ネガティブフィードバックが効きにくくなるのが特徴です。

② 副腎依存性クッシング症候群(ADH)

発生頻度:約15〜20%

原因:副腎にできた腫瘍(良性または悪性)が、ACTHとは関係なくコルチゾールを過剰に分泌します。

結果:過剰なコルチゾールによりACTHは低下し、腫瘍のない側の副腎や正常部位は萎縮(小さくなる)します。

③ 医原性クッシング症候群

原因:プレドニゾロンなどのステロイド薬を長期間投与することにより、体内のコルチゾール様作用が過剰になる状態です。

ACTHが抑制され、副腎が委縮することがあります。

④ その他のまれな原因

  • 異所性ACTH症候群:下垂体以外(例:膵臓)にできた腫瘍がACTHを分泌。
  • 食物誘発性クッシング:食後に出るGIPが、副腎の異常な受容体を刺激しコルチゾールを増加。
  • コルチゾール非分泌性副腎腫瘍:性ホルモン前駆体など、別のステロイドホルモンを分泌。
  • ACTH非依存性副腎皮質過形成:ACTHとは無関係に副腎皮質が過形成を起こす(異所性受容体など)。

主な臨床症状

コルチゾールの過剰は全身に影響を及ぼし、以下のような多様な症状が現れます。多くはゆっくりと進行します。

  • 多飲多尿 (PU/PD): 水をたくさん飲み、おしっこをたくさんする。
  • 多食 (PP): 食欲が非常に旺盛になる。
  • 腹部膨満: お腹が垂れ下がったように膨らむ(太鼓腹)。脂肪の再分布、肝腫大、腹筋の萎縮などが原因。
  • パンティング: あえぎ呼吸、ハアハアと息をすることが多くなる。
  • 皮膚・被毛の変化:
    • 左右対称性の脱毛(痒みを伴わないことが多い)。
    • 皮膚が薄くなる、弱くなる、傷つきやすくなる。
    • 毛艶が悪くなる、毛の再生が遅い。
    • 皮膚石灰沈着症(カルシウムが皮膚に沈着し、硬くなる)。
    • 面皰(にきびのようなもの)、膿皮症(細菌感染)を起こしやすい。
  • 筋力低下・元気消失: 筋肉が萎縮し、疲れやすくなる、元気がない。
  • その他: 精巣萎縮(雄犬)、無発情(雌犬)、偽性ミオトニー(筋肉のこわばり)、靭帯断裂など。
  • 下垂体マクロアデノーマの場合は、神経症状(元気消失、食欲不振、旋回運動、嗜眠など)が見られることもあります。

臨床病理検査所見(血液検査・尿検査など)

特徴的な異常が見られることが多いですが、これらはクッシング症候群に特有ではありません。

  • 血液検査 (CBC):
    • ストレス白血球像(好中球増加、リンパ球減少、好酸球減少、単球増加)。
    • 血小板増加症。
  • 血液生化学検査:
    • アルカリフォスファターゼ (ALP) の著しい上昇(特に肝臓由来のステロイド誘導性アイソザイム: c-ALP)。
    • ALT (GPT) の軽度~中等度上昇。
    • 高コレステロール血症、高トリグリセリド血症。
    • 軽度の空腹時高血糖。
    • BUN(尿素窒素)の低下。
  • 尿検査:
    • 尿比重の低下(薄いおしっこ)。
    • タンパク尿。
    • 尿路感染症(UTI)を併発しやすい(しばしば無症状)。

診断

診断は、臨床症状、臨床病理検査所見、そして内分泌学的検査を総合的に評価して行います。

  • スクリーニング検査(クッシング症候群の存在を確認する検査):
    • 低用量デキサメタゾン抑制試験 (LDDST): 最も感度が高い検査の一つ。健常犬ではデキサメタゾン投与によりコルチゾール分泌が抑制されるが、クッシング症候群の犬では抑制反応が不十分。
    • ACTH刺激試験: 合成ACTHを投与し、副腎皮質のコルチゾール分泌予備能を評価する。医原性クッシング症候群の診断には最も信頼性が高い。
    • 尿中コルチゾール/クレアチニン比 (UCCR): 自宅での採尿が可能で、ストレスの影響を受けにくいが、特異度が低く、異常値の場合は確定診断のための追加検査が必要。
  • 鑑別診断検査(PDHかADHか、原因を特定する検査):
    • LDDSTのパターン: 4時間目の抑制パターンがPDHを示唆することがある。
    • 高用量デキサメタゾン抑制試験 (HDDST): LDDSTで抑制が見られない場合に、PDH(抑制されることが多い)とADH(抑制されないことが多い)の鑑別に用いられることがある。
    • 内因性ACTH濃度測定 (eACTH): PDHでは正常~高値、ADHでは低値~検出限界以下となる。サンプル取り扱いに注意が必要。
    • 画像診断:
      • 腹部超音波検査: 副腎の大きさ、形状、左右対称性を評価。PDHでは両側副腎腫大、ADHでは片側副腎腫大と対側萎縮が見られることが多い。腫瘍の血管浸潤なども評価可能。造影超音波検査(CEUS)も用いられることがある。
      • CT/MRI検査: 下垂体腫瘍(特にマクロアデノーマの評価)や副腎腫瘍のより詳細な評価、転移の有無の確認、手術計画などに有用。ダイナミック造影CTは下垂体腫瘍の識別に役立つ。
  • 診断アルゴリズム: 各検査結果を組み合わせて、段階的に診断を進めていきます。

治療

治療の主な目的は、コルチゾール値を正常化させ、臨床症状を改善し、生活の質(QOL)を向上させることです。治療法は原因によって異なります。

  • 下垂体依存性副腎皮質機能亢進症 (PDH) の治療:
    • 内科的治療:
      • トリロスタン: 3β-ヒドロキシステロイドデヒドロゲナーゼ(3β-HSD)という酵素を阻害し、コルチゾール産生を抑制する。現在、最も一般的に使用される薬剤。生涯にわたる投薬と定期的なモニタリング(臨床症状、ACTH刺激試験)が不可欠。副作用として、元気消失、食欲不振、嘔吐、下痢、稀に重篤な副腎皮質機能低下症(アジソン病様症状)や副腎壊死など。
      • ミトタン (o,p’-DDD): 副腎皮質の束状層と網状層を選択的に破壊する薬剤。導入期と維持期があり、慎重なモニタリングが必要。副作用はトリロスタンと同様に、コルチゾール低下に関連するものが多い。
      • その他(下垂体標的薬): カベルゴリン(ドーパミン作動薬)やパシレオチド(ソマトスタチンアナログ)などが研究されているが、犬での効果は限定的。
    • 外科的治療:
      • 下垂体摘出術: 専門施設で実施可能な根治的治療法。術後のホルモン補充が必要。
    • 放射線治療:
      • 下垂体マクロアデノーマによる神経症状の緩和や腫瘍の増殖抑制を目的として、従来の放射線治療や定位放射線治療(SRT/SRS)が行われることがある。
  • 副腎腫瘍 (ADH) の治療:
    • 外科的治療:
      • 副腎摘出術: 転移や広範囲な浸潤がなければ、第一選択となる根治的治療法。腹腔鏡下手術も行われるようになってきている。周術期合併症のリスクもある。
    • 内科的治療:
      • 手術が困難な場合に、トリロスタンやミトタンが症状緩和のために使用されることがあるが、腫瘍自体を治療するものではない。
  • 医原性クッシング症候群の治療:
    • 原因となっているステロイド薬の漸減と中止。必要に応じて、生理的量の糖質コルチコイド補充療法を行いながら、HPAA系の回復を待つ。モニタリングアルゴリズム(FIGURE 293-12)参照。

治療のモニタリング

特に内科的治療(トリロスタン、ミトタン)では、定期的なモニタリングが非常に重要です。

  • 臨床症状の変化(飲水量、食欲、元気など)の注意深い観察。
  • ACTH刺激試験によるコルチゾール値の評価(トリロスタンの場合は投薬後4~6時間後が一般的)。
  • 電解質などの血液検査。
  • 投薬前のコルチゾール値(プレピルコルチゾール)も参考にされることがあるが、ACTH刺激試験に代わるものではない。

予後

  • PDH: トリロスタンやミトタンによる内科的治療での生存期間中央値は、多くの場合2~2.5年程度と報告されているが、個体差が大きい。下垂体マクロアデノーマや重篤な合併症がない場合は、QOLを維持しながら比較的長期間生存することも可能。
  • ADH:
    • 良性腫瘍(腺腫)で外科的に完全切除できた場合の予後は良好。
    • 悪性腫瘍(癌)の場合、転移の有無や完全切除の可否によって予後が大きく左右される。浸潤性や転移性の場合は不良。
    • 内科的治療のみの場合の予後は、外科的治療と比較して一般的に短い。
  • 治療の目的は、QOLの改善であり、必ずしも大幅な延命を保証するものではありません。

合併症と併発疾患

クッシング症候群は、以下のような様々な病気を引き起こしたり、悪化させたりする可能性があります。

  • 全身性高血圧: 脳、腎臓、眼などに障害を引き起こす可能性。
  • 糖尿病: インスリン抵抗性を引き起こし、糖尿病のコントロールを困難にする。
  • 胆嚢粘液嚢腫: 胆嚢破裂のリスクを高める。
  • 尿石症: 特にシュウ酸カルシウム結石。
  • 肺血栓塞栓症: 血液が固まりやすくなり(過凝固状態)、肺の血管が詰まる致死的な合併症。
  • その他、尿路感染症、膵炎、皮膚感染症など。

飼い主様への重要なポイント

  • クッシング症候群は、コルチゾールの過剰によって起こる病気です。
  • 主な原因は、下垂体の小さな腫瘍か、副腎の腫瘍です。
  • 多飲多尿、多食、お腹の膨らみ、脱毛などが典型的な症状です。
  • 診断には、血液検査、尿検査、ホルモン検査、画像検査などが行われます。
  • 治療法は原因によって異なり、内科治療(薬物療法)や外科手術があります。
  • 内科治療の場合は、生涯にわたる投薬と定期的なモニタリングが必要です。
  • 治療の目的は、症状を改善し、愛犬の生活の質を良くすることです。

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咳が見られるときに考えられる主な病気のカテゴリーと具体例https://selene-ah.com/cough/Wed, 07 May 2025 09:43:57 +0000https://selene-ah.com/?p=1142

咳が見られるときに考えられる主な病気のカテゴリーと具体例

何が原因?

咳は、体内に異物が入ったり、気道や肺に何らかの異常が起きたりしたときに、それらを排出しようとする大切な防御反応です。しかし、続く咳や特定のパターンの咳は、様々な病気のサインである可能性があります。

咳が見られるときに考えられる主な病気のカテゴリーと具体例

以下に、咳の原因となる代表的な病気をカテゴリー別に分け、それぞれの特徴や犬・猫での違いなどを補足します。

気道(のど・気管・気管支)の感染症

  • ケンネルコフ(犬伝染性気管気管支炎):
    • 原因: ウイルス(パラインフルエンザウイルス、アデノウイルス2型など)や細菌(気管支敗血症菌など)の混合感染。
    • 咳の特徴: 乾いた、連続するような、「ガチョウの鳴き声」に似たような咳が特徴的。興奮時や運動後、首輪で喉が圧迫された時などに悪化しやすい。
    • 他の症状: 軽い鼻水、くしゃみ、微熱。重症化すると肺炎に移行することも。
    • 好発: 若齢犬、多頭飼育環境、ペットショップやドッグランなど他の犬との接触が多い場合。
    • 猫: 猫では典型的ではありませんが、類似の感染症は存在します。
  • 猫の上部気道感染症(猫かぜ):
    • 原因: 猫ヘルペスウイルス、猫カリシウイルス、クラミジアなど。
    • 咳の特徴: 咳は主症状ではないことも多いですが、鼻炎や気管炎を併発すると咳が出ることがあります。
    • 他の症状: くしゃみ、鼻水、目やに、発熱、食欲不振が典型的。
    • 好発: 若齢猫、多頭飼育環境、ストレスがかかりやすい状況。
  • 気管支炎・肺炎:
    • 原因: ウイルス、細菌、真菌、寄生虫、誤嚥(食べ物や胃液が気道に入ること)など様々。
    • 咳の特徴: 初期は乾いた咳でも、進行すると痰の絡んだ湿った咳に変わることが多い。ゼーゼー、ヒューヒューといった呼吸音が聞こえることも。
    • 他の症状: 呼吸困難、頻呼吸、発熱、元気消失、食欲不振。
    • 注意点: 特に子犬・子猫や高齢、免疫力の低下した動物では重症化しやすいため注意が必要です。

アレルギー性・炎症性の気道疾患

  • 猫喘息(猫の慢性気管支炎/アレルギー性気管支炎):
    • 原因: アレルゲン(ハウスダスト、花粉、タバコの煙など)の吸入による気道の慢性的なアレルギー性炎症と気管支の収縮。
    • 咳の特徴: 発作性の咳、ゼーゼー・ヒューヒューという喘鳴(ぜんめい)。重度の場合は開口呼吸やチアノーゼ(舌や歯茎が青紫色になる)が見られることも。
    • 他の症状: 呼吸困難、運動不耐性。
    • 好発: 若齢~中齢の猫。シャム猫に多いという報告もあります。
    • 犬: 犬では猫喘息のような典型的な病態は稀ですが、アレルギーが関与する慢性気管支炎は存在します。
  • 慢性気管支炎(犬):
    • 原因: 長期間にわたる気管支の炎症。アレルギー、感染、刺激物の慢性的な吸入などが関与すると考えられていますが、原因が特定できないことも多いです。
    • 咳の特徴: 慢性的(数ヶ月以上続く)な、痰の絡んだ湿った咳が多い。朝方や興奮時に悪化する傾向。
    • 他の症状: 運動不耐性、進行すると呼吸困難。
    • 好発: 中齢~高齢の小型犬に多い傾向(例:テリア種、トイ・プードルなど)。
  • 好酸球性気管支肺疾患:
    • 原因: アレルギー反応や寄生虫感染などにより、好酸球という白血球の一種が気道や肺に集まることで炎症が起こります。
    • 咳の特徴: 慢性的で湿った咳が多い。
    • 他の症状: 呼吸困難、鼻汁。
    • 犬・猫ともに発生

気道の構造的な問題

  • 気管虚脱(犬):
    • 原因: 気管を構成する軟骨が弱くなり、呼吸時に気管が扁平に潰れてしまう病気。
    • 咳の特徴: 興奮時、運動時、リードで首を引いた時、飲食時などに誘発される、「ガーガー」「ガチョウの鳴き声様」の乾いた咳が特徴的。
    • 他の症状: 呼吸困難、ゼーゼーいう呼吸音、進行するとチアノーゼ。
    • 好発: 中齢~高齢の小型犬(例:ヨークシャー・テリア、ポメラニアン、チワワ、シーズーなど)。肥満は症状を悪化させます。
  • 喉頭麻痺(犬):
    • 原因: 喉頭(のど仏のあたり)の神経が麻痺し、声門の開閉がうまくできなくなる病気。
    • 咳の特徴: 飲食時や飲水時にむせるような咳。声がかすれる、吠え声が変わることも。
    • 他の症状: 吸気時の努力性呼吸(ゼーゼー、ヒューヒューという音)、運動不耐性、体温上昇。
    • 好発: 高齢の大型犬(例:ラブラドール・レトリーバー、ゴールデン・レトリーバーなど)に多いですが、小型犬や猫でも発生します。

肺の病気(感染症以外)

  • 肺水腫:
    • 原因: 肺の中に液体が溜まってしまう状態。心臓病が原因の心原性肺水腫と、それ以外の原因(肺炎、煙の吸入、感電など)による非心原性肺水腫があります。
    • 咳の特徴: 初期は軽い咳でも、進行すると湿った咳、ピンク色の泡状の痰を伴う咳が見られることも。安静時でも苦しそうな呼吸。
    • 他の症状: 重度の呼吸困難、頻呼吸、開口呼吸、チアノーゼ、不安な様子。
    • 注意点: 緊急性の高い状態です。
  • 肺腫瘍(肺がん):
    • 原因: 肺にできる悪性腫瘍。原発性(肺自体から発生)と転移性(他の臓器のがんが肺に転移)があります。
    • 咳の特徴: 持続的な乾いた咳や湿った咳。血痰が出ることも。
    • 他の症状: 呼吸困難、元気消失、食欲不振、体重減少。
    • 好発: 高齢の動物。
  • 肺寄生虫症(犬糸状虫症、肺虫症など):
    • 原因: 寄生虫が心臓や肺、気管支に寄生することで炎症や物理的な刺激を引き起こします。
    • 咳の特徴: 乾いた咳や湿った咳。
    • 他の症状: 運動不耐性、呼吸困難、元気消失、体重減少。犬糸状虫症では腹水が見られることも。
    • 予防が重要です。

心臓の病気(特に犬)

  • 僧帽弁閉鎖不全症など:
    • 原因: 心臓の弁がうまく閉じなくなり血液が逆流する病気。進行すると心臓が拡大し、気管を圧迫したり、肺水腫を引き起こしたりします。
    • 咳の特徴: 初期は運動後や興奮時、夜間~朝方に出やすい乾いた咳。進行すると肺水腫を併発し、湿った咳や呼吸困難が見られるようになります。
    • 他の症状: 疲れやすい(運動不耐性)、呼吸が速い、失神。
    • 好発: 高齢の小型犬(例:キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル、マルチーズ、シーズーなど)。
    • 猫: 猫の心筋症では咳は稀ですが、重度の場合は肺水腫により咳が出ることもあります。

その他の原因

  • 異物の誤嚥・誤飲:
    • おもちゃの破片、植物の種、骨などが気道や食道に詰まることで咳や嘔吐を引き起こします。窒息の危険性も。
  • 胃食道逆流:
    • 胃酸が食道に逆流し、その刺激や誤嚥によって咳が出ることがあります。食後や横になっている時に多い傾向。
  • 胸水:
    • 様々な原因(心不全、腫瘍、感染症など)で胸腔内に液体が溜まると、肺が圧迫されて咳や呼吸困難が生じます。

特に注意すべき咳のサイン(緊急受診の目安)

  • 突然の激しい咳、止まらない咳
  • 呼吸が苦しそう(頻呼吸、努力性呼吸、開口呼吸)
  • 舌や歯茎の色が悪い(青紫色、白っぽい)
  • 咳とともに血や泡状のものを吐く
  • 元気や食欲が全くない、ぐったりしている
  • 意識が朦朧としている、失神する

上記のような症状が見られる場合は、夜間や休日であっても、すぐに動物病院を受診してください。

最後に

咳の原因は非常に多岐にわたり、中には緊急を要する病気や、早期発見・早期治療が重要な病気も含まれます。飼い主さんの自己判断は難しく、危険を伴うこともありますので、まずは動物病院で獣医師に相談し、適切な診断と治療を受けるようにしましょう。

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犬の糖尿病についてhttps://selene-ah.com/dog-dm/Wed, 07 May 2025 08:26:11 +0000https://selene-ah.com/?p=1121

犬の糖尿病は、インスリンというホルモンの不足、またはその作用低下(インスリン抵抗性)によって、血糖値が持続的に高い状態(高血糖)になり、多飲多尿などの様々な症状が現れる病気です。 適切な診断と治療、そしてご家族の献身的な ... ]]>

犬の糖尿病

犬の糖尿病総合ガイド

犬の糖尿病は、インスリンというホルモンの不足、またはその作用低下(インスリン抵抗性)によって、血糖値が持続的に高い状態(高血糖)になり、多飲多尿などの様々な症状が現れる病気です。

適切な診断と治療、そしてご家族の献身的なケアによって、多くの犬は良好な生活の質を維持することが可能です。

糖尿病の原因と種類

犬の糖尿病の主な原因と種類は以下の通りです。

インスリン欠乏性糖尿病 (IDDM)

膵臓β細胞の破壊・減少: これが犬の糖尿病の最も一般的な原因です [2, 3]。膵臓のβ細胞はインスリンを産生する細胞で、これが破壊されたり数が減ったりすると、インスリンの絶対量が不足します [2, 3]。

  • 免疫介在性: ヒトの1型糖尿病に似ており、自己免疫によってβ細胞が破壊されると考えられています [2, 3]。犬の糖尿病がMHCクラスII遺伝子(犬白血球抗原;DLA)と関連していることが報告されています [3]。
  • 特発性: 特定の原因が不明なままβ細胞が破壊される場合もあります [2]。
  • 膵炎など膵外分泌疾患に伴うもの: 膵炎によってβ細胞がダメージを受けることがあります [2, 3]。実際、糖尿病の犬の30-40%に膵炎の組織学的所見が認められるという報告があります [3]。
  • 先天性のβ細胞低形成: まれですが、生まれつきβ細胞が少ない、または早期に変性してしまうケースです(例:キースホンドの子犬)[3]。
  • 毒物や感染によるもの: 特定の毒物や感染症がβ細胞を破壊することもあります [3]。

インスリン抵抗性糖尿病 (IRD)

インスリンは分泌されているものの、その効きが悪くなっている状態です [3]。

発情後や妊娠時: 主に雌犬で見られ、黄体期に分泌されるプロゲステロンがインスリン抵抗性を引き起こします [2, 3]。プロゲステロンは乳腺からの成長ホルモン(GH)分泌を刺激し、これがインスリンの作用を妨げます [2, 3]。

他の内分泌疾患に伴うもの

  • クッシング症候群(副腎皮質機能亢進症): コルチゾールの過剰がインスリン抵抗性を引き起こします [2, 3]。
  • 先端巨大症: 成長ホルモンの過剰分泌が原因です [2]。
  • 卵巣疾患、グルカゴノーマなど: これらもインスリン抵抗性の原因となり得ます [2]。
  • 医原性: グルココルチコイド(ステロイド剤)やプロゲステロン製剤の長期投与によって引き起こされることがあります [2, 3]。
  • 肥満: 犬では肥満が糖尿病の直接の原因となることは稀ですが、インスリン抵抗性を助長する危険因子とはなり得ます [2, 3]。

犬の糖尿病は、多くの場合、β細胞の破壊によるインスリンの絶対的不足が主体であり、ほとんどの症例で生涯にわたるインスリン治療が必要となります [2, 3]。新たに糖尿病と診断された犬の中には、少量のインスリン(例:0.2 U/kg/回未満)で良好な血糖コントロールが得られる「ハネムーン期」と呼ばれる状態がみられることがあります。これは、残存するβ細胞機能によるものと考えられますが、通常、この残存機能も数ヶ月以内に失われ、血糖コントロールはより困難になり、インスリンの増量が必要となります [3]。

臨床症状

犬の糖尿病で最も一般的にみられる症状は以下の通りです [2, 3]。

多飲多尿 (PU/PD)

血糖値が腎臓の再吸収閾値(犬では通常180-220 mg/dL)を超えると、尿中にブドウ糖が漏れ出し(尿糖)、浸透圧利尿により尿量が増加し、結果として飲水量も増えます [3]。

多食 (PP)

細胞がブドウ糖をうまく利用できないため、エネルギー不足を感じて食欲が増進します [3]。

体重減少

ブドウ糖をエネルギーとして利用できず、体内のタンパク質や脂肪が分解されるために起こります [2, 3]。

白内障

糖尿病の犬で非常によく見られる合併症で、急速に進行し失明に至ることもあります [2, 3]。レンズ内で過剰なブドウ糖がソルビトールに変換され、浸透圧変化によりレンズ線維が破壊されることが原因です [3]。診断時に14%の犬で見られ、1年後には75%の犬で発症したという報告があります [3]。

元気消失、削痩、被毛粗剛

ケトアシドーシス(DKA)の症状

食欲不振、元気消沈、衰弱、嘔吐、下痢、脱水などがみられ、重篤な場合は命に関わります [1, 2, 3]。

その他、雌犬では発情に関連して糖尿病が悪化することがあります [2]。まれに、末梢神経障害によるかかとをつけて歩く蹠行がみられることもあります(猫ではより一般的)[2, 3]。

診断

糖尿病の診断は、特徴的な臨床症状、持続的な空腹時高血糖、そして持続的な尿糖陽性の3つの条件が揃うことで確定されます [2, 3]。

問診と身体検査

飼い主さんからの症状の聞き取り(多飲多尿、体重変化など)、犬種、年齢、性別、避妊・去勢の有無、過去の病歴や投薬歴などを詳しく確認します [2, 3]。身体検査では、体重、栄養状態、被毛の状態、白内障の有無、肝腫大(糖尿病性肝リピドーシスの可能性)などを評価します [2, 3]。

血液検査

血糖値: 空腹時でも持続的に高血糖(犬では通常180mg/dL以上、200mg/dLを超えることが診断の目安)であることを確認します [2, 3]。ストレスによる一過性の高血糖との鑑別が重要です。

糖化タンパク質(フルクトサミン、糖化アルブミンHbA1c): 過去数週間(フルクトサミン、糖化アルブミンは約1〜2週間、HbA1cは約2〜3ヶ月)の平均血糖値を反映するため、持続的な高血糖の指標となります [3]。低タンパク血症や溶血などがあると数値に影響が出ることがあります [3]。

血液化学検査: 肝酵素(ALT、ALP)の上昇、高コレステロール血症、高トリグリセリド血症(リポ蛋白血症)などがみられることがあります [2, 3]。DKAの場合は電解質異常(低ナトリウム血症、低カリウム血症、低リン血症)やアシドーシスの評価も重要です [1, 2]。

血球数算定(CBC): 通常、糖尿病自体では大きな変化はありませんが、併発疾患(炎症や感染など)の評価に役立ちます [2, 3]。

尿検査

尿糖: 糖尿病では持続的に陽性となります [2, 3]。

尿比重: 尿糖の影響で高くなる傾向があります(通常1.025以上)[2]。

ケトン体: DKAの指標となりますが、体重減少と脂肪異化によってDKAでなくても弱陽性になることがあります [2]。

尿路感染症の確認: 糖尿病の犬は尿路感染症を併発しやすいため、尿沈渣の観察や細菌培養検査が推奨されます [2, 3]。

画像診断(腹部X線検査、腹部超音波検査)

糖尿病に特異的な所見はありませんが、膵炎、副腎の腫大(クッシング症候群の可能性)、子宮蓄膿症など、糖尿病の原因となりうる疾患や併発疾患の評価に有用です [2, 3]。

その他の検査

必要に応じて、膵特異的リパーゼ(cPLI)、ACTH刺激試験(クッシング症候群の疑い)、血中プロゲステロン濃度(未避妊雌犬)などの内分泌検査が行われます [2, 3]。

治療

犬の糖尿病治療の主な目的は、臨床症状を改善・消失させ、合併症を予防し、犬と飼い主のQOLを向上させることです [2, 3]。具体的には、血糖値をできるだけ目標範囲内にコントロールし、低血糖を避けることが重要です [3]。

インスリン療法

ほぼ全ての犬の糖尿病で、インスリン注射による治療が必須です [2, 3]。

インスリン製剤の種類: 作用時間によって中間型(NPH、レンテなど)や持効型(PZI、グラルギン、デテミルなど)があります [3]。犬の体格や血糖値のパターンに応じて獣医師が選択・調整します。動物専用のレンテインスリンやPZI製剤(プロジンク)も利用可能です [3]。

投与方法と用量: 通常、1日2回の皮下注射を行います [3]。初回投与量は犬の体重や状態に応じて獣医師が決定し(例:0.25 U/kg)、その後、血糖値のモニタリング結果に基づいて調整していきます [3]。インスリンの投与量が1.5 U/kg/回を超えても血糖コントロールが不良な場合は、インスリン抵抗性を疑い、原因検索が必要です [3]。

インスリンの取り扱い: インスリン製剤は冷蔵庫で立てて保管し、凍結させないように注意します [3]。製剤によって混合方法が異なるため、指示に従います [3]。

注射手技: 正しい注射手技を習得することが重要です [3]。毎回同じように注射できるよう、練習が必要です。インスリンペンデバイスも利用可能です [3]。

食事療法

内容とタイミング: 毎日同じ種類、同じ量のフードを、インスリン注射の直前または直後に1日2回与えるのが基本です。

フードの種類: 糖尿病用の処方食は、食物繊維(可溶性および不溶性)が豊富で、単純糖類をほとんど含まず、脂肪含量を抑え、複合炭水化物とタンパク質から主にカロリーを得るように設計されています [3]。これにより食後の急激な血糖上昇を抑える効果が期待できます。肥満犬には体重管理も考慮した低カロリーのものを、痩せている犬にはある程度のカロリーがあるフードを選択します [3]。併発疾患がある場合は、そちらを優先したフード選択が必要なこともあります [3]。

間食: 原則として避けるべきですが、与える場合は糖質を含まないもの(ささみ、野菜など)を少量にします [2]。

運動療法

毎日一定量の適度な運動は、インスリンの吸収を促進し、筋肉でのブドウ糖利用を高めることでインスリン感受性を高め、血糖コントロールを助けます [3]。激しい運動や不規則な運動は低血糖を引き起こす可能性があるため避けるべきです [3]。

未避妊雌犬の管理

糖尿病と診断された未避妊の雌犬は、状態が安定し次第、早期に避妊手術(卵巣・子宮摘出)を行うことが強く推奨されます [2, 3]。発情周期に伴うホルモンの影響でインスリン抵抗性が著しく変動し、血糖コントロールが極めて困難になるためです [3]。

併発疾患の治療

尿路感染症、膵炎、クッシング症候群など、糖尿病のコントロールを悪化させる可能性のある併発疾患があれば、その治療も並行して行います [3]。

糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)の治療

DKAは生命を脅かす緊急状態であり、迅速かつ集中的な治療が必要です。

輸液療法: 脱水と電解質異常(特に低カリウム血症、低リン血症)の補正が最優先です。生理食塩液を基本とし、必要に応じてカリウムやリンを補給します。

インスリン療法: 初期には作用時間の短いレギュラーインスリンを持続点滴または頻回筋肉内投与で用い、血糖値を1時間あたり50mg/dLを超えない範囲で徐々に下げていきます(目標250mg/dL程度)。

アシドーシスの補正: 重炭酸ナトリウムの投与は、通常は必要ありませんが、重度のアシドーシスの場合に検討されることがあります。

高浸透圧高血糖症候群(HHS)の治療: DKAと同様に輸液と電解質補正が中心ですが、より慎重な水分バランスの管理が求められます [2]。

治療経過のモニタリング

糖尿病の治療効果を判定し、インスリンの投与量を適切に調整するためには、定期的なモニタリングが不可欠です [3]。

飼い主による自宅での観察

飲水量、尿量、食欲、元気、体重の変化などを記録してもらうことが最も重要です。

血糖値測定

血糖曲線(BGC): インスリン投与後、1〜2時間おきに血糖値を測定し、血糖値の推移をグラフ化します。これにより、インスリンの効果の強さ(血糖値の最低値)、作用持続時間、血糖値の変動幅などを評価し、インスリンの種類や投与量の調整に役立てます。理想的な血糖値の範囲は100〜250(300)mg/dL程度です。

スポット血糖値測定: 単独での評価は難しいですが、低血糖の確認などには有用です。

各社からごく少量の血液で血糖値の測定が可能な機器が出ています。

アルファトラック3
アルファトラック3

持続血糖測定システム(CGMS/FGMS): 皮下にセンサーを装着し、間質液中のグルコース濃度を連続的に測定するシステムです。頻回の採血が不要で、より詳細な血糖変動を把握できます。

FreeStyleリブレ

血中ケトン体測定:FreeStyleリブレなどでごく少量の血液からケトン体を測定できます。DKAの治療の際には治療の目安にすることもできます。

尿検査

自宅で尿糖とケトン体を定期的に検査してもらい、記録してもらいます。持続的な尿糖陰性は低血糖のリスクを示唆し、ケトン体陽性はコントロール不良やDKAの兆候である可能性があります。

糖化タンパク質(フルクトサミン、糖化アルブミンHbA1c)

過去数週間の平均血糖値を反映し、長期的な血糖コントロールの指標となります。ただし、これらの値だけでインスリン量を調整するべきではありません。

定期的な動物病院での診察

体重測定、身体検査、各種検査結果、自宅でのモニタリング記録などを総合的に評価し、治療計画を見直します。

血糖コントロール不良時の対応(トラブルシューティング)

インスリン治療を行っても血糖コントロールがうまくいかない場合、以下の要因を考慮します [3]。

  • 技術的な問題: インスリンの保管方法(凍結や加温)、混合方法、注射手技の誤り(不正確な量、皮内注射など)、不適切なインスリン製剤や注射器の使用(U-40とU-100の混同など)。
  • インスリンの不活化・力価低下: 有効期限切れ、不適切な保管。
  • インスリンの吸収不良。
  • インスリンの過少投与または過剰投与(ソモギー効果を含む)。
  • インスリンの作用時間が不適切: 効果が短すぎる(例:8時間未満)、または長すぎる(例:14時間以上)。
  • インスリン抗体の産生(まれ)。
  • 併発疾患によるインスリン抵抗性: グルココルチコイド投与、発情期、甲状腺機能低下症、慢性膵炎、慢性腎臓病、感染症(口腔内、尿路など)、腫瘍、重度の肥満、クッシング症候群などが原因となります。

(ソモギー効果: インスリンの過剰投与により低血糖が起こると、反動で血糖値を上昇させるホルモン(グルカゴン、エピネフリン、コルチゾール、成長ホルモンなど)が過剰に分泌され、著しい高血糖(リバウンド高血糖)がみられる現象です。)

糖尿病の合併症

低血糖

インスリン治療の最も注意すべき合併症です [3]。

元気消失、ふらつき、痙攣、昏睡などを引き起こし、重篤な場合は命に関わります。自宅で低血糖症状がみられた場合は、ブドウ糖液やガムシロップなどを口の粘膜に塗布し、速やかに動物病院を受診する必要があります [3]。

白内障

最も一般的な長期合併症で、多くの場合、診断から12〜18ヶ月以内に進行します [2, 3]。

犬の糖尿病性白内障
糖尿病性白内障
Ettinger’s Textbook of Veterinary Internal Medicine, 9th Editionより引用

糖尿病性神経障害

猫でよくみられる蹠行は、犬ではまれです [2, 3]。

糖尿病性腎症

犬ではまれですが、定期的な腎機能検査が推奨されます [2, 3]。

その他の合併症

尿路感染症、皮膚感染症、膵炎などが起こりやすくなります [3]。

予後

犬の糖尿病の予後は、飼い主の治療への取り組み、血糖コントロールの状況、併発疾患の有無と管理、合併症の発生などによって大きく左右されます [2, 3]。多くの犬は、適切な治療と管理によって比較的長期間、良好なQOLを保つことが可能です。ある報告では、治療開始後30日以上生存した犬の1年生存率は約40%、3年生存率は約33%とされています [3]。治療開始後数ヶ月以内に併発疾患(膵炎や感染症など)で状態が悪化するケースもありますが、これを乗り越えれば、多くの犬は比較的安定した状態を維持できます [3]。

参考文献

  • 犬の内科診療 Part 1
  • 犬と猫の内分泌疾患ハンドブック 第2版
  • Ettinger’s Textbook of Veterinary Internal Medicine, 9th Edition

糖尿病は適切に治療・管理することで良好な状態を保てます。

また、糖尿病は健康診断で早期発見というのはなかなかないですが、基礎疾患となるような病気が見つかることはあります。

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SDMAを用いた慢性腎臓病(CKD)早期診断の可能性と課題https://selene-ah.com/sdma/Wed, 07 May 2025 05:13:38 +0000https://selene-ah.com/?p=1112

対称性ジメチルアルギニン(SDMA)は、慢性腎臓病(CKD)の早期発見に役立つ可能性を秘めたバイオマーカーとして注目されています。しかし、その測定値の解釈にはいくつかの課題があり、必ずしも早期診断を容易にするものではない ... ]]>

SDMAを用いた慢性腎臓病(CKD)早期診断の可能性と課題

はじめに

対称性ジメチルアルギニン(SDMA)は、慢性腎臓病(CKD)の早期発見に役立つ可能性を秘めたバイオマーカーとして注目されています。しかし、その測定値の解釈にはいくつかの課題があり、必ずしも早期診断を容易にするものではないことも指摘されています。

SDMAの概要と早期診断への期待

SDMAは、主に腎臓の糸球体で濾過・排泄される代謝産物です。そのため、血中SDMA濃度は糸球体濾過量(GFR)と良好な相関を示すと考えられています。

犬や猫を対象とした長期的な研究では、血清クレアチニン濃度が正常範囲を超えるよりも早く(犬で平均9.5ヶ月前、猫で平均17ヶ月前)血清SDMA濃度が上昇したとの報告があり、クレアチニンよりも早期に腎機能低下を検知できる可能性が示唆されています。

この知見に基づき、国際獣医腎臓病研究グループ(IRIS)はCKDの病期分類にSDMAを取り入れています。

具体的には、クレアチニン値が正常範囲内であっても、SDMAが持続的に上昇していればCKDステージ1と診断されます。

猫のIRIS CKDステージ分類では、ステージ1のSDMAカットオフ値は18 μg/dL未満、ステージ2では18-25 μg/dLなどと設定されており、SDMAは早期診断ツールとして位置づけられています。

SDMA測定と解釈における課題

一方で、SDMAの測定や解釈にはいくつかの問題点があり、早期診断の精度に関する懸念も指摘されています。

富士フイルム第20回日本獣医内科学アカデミー学術学会 IRIS CKDガイドラインアップデート2024

測定装置による差異と検体保存の影響

・院内測定装置と外部検査機関での測定値に差が生じる可能性があり、院内測定装置の方が低い値を示す傾向が報告されています。

・院内測定装置は検体の保存状態(凍結保存が望ましい)の影響を強く受ける可能性があります。

そのため、SDMAの評価は院内測定か外部検査のどちらか一方に統一し、混在させないことが推奨されます。

猫における早期CKD診断精度の研究

ある研究では、特定の院内測定装置で測定した猫のSDMA値とGFRとの間に相関が見られず、その装置を用いたSDMA測定は早期CKD診断には不適切であったと結論付けられています。

これは、SDMAが常に信頼できる早期診断マーカーとは限らない可能性を示しています。

第20回日本獣医内科学アカデミー学術学会 IRIS CKDガイドラインアップデート2024 図3より引用
当院の方針

当院では「健康診断でこの項目を加えることで余計な不安を与えるのではないか?」と考え、診断精度の向上やさらなる研究の進歩があるまではSDMAは健康診断の際に使用しないことにしました。

年齢との関連

7歳以上の健康な猫を対象とした研究で、クレアチニン値に年齢による有意差はなかったものの、SDMA値は年齢グループ間で乖離が見られたと報告されています。

この結果から、IRISのステージ分類におけるSDMAのカットオフ値(14 μg/mLまたは18 μg/dL)が、特に高齢猫においては不適切である可能性が指摘されています。

個体内変動および検査機関による変動

SDMAはクレアチニン(8.3%)と比較して個体内変動(14.0%)が大きく、検査機関による測定値の変動も非常に大きいことが知られています。これらの変動は、単回測定による早期診断の確実性に影響を与える可能性があります。

もしSDMAも測定していきたいということであれば頻回測定をおすすめします。

品種や他の疾患による影響

特定の犬種(グレイハウンド、バーマン、柴犬の傾向)でクレアチニンとSDMAが高値を示す報告があります。

フィラリア症やリンパ腫などの疾患でもSDMAが上昇することが報告されており、SDMAの上昇が必ずしも腎機能低下のみを意味するわけではないため、他の要因を考慮した鑑別診断が必要です。

他の疾患や種差を考慮するのはSDMA以外の検査においても同じことが言えます。

健常動物と罹患動物間の測定値の重複

健常な動物とCKDに罹患した動物との間で測定値が重なる部分が多く、これが診断精度における課題となっています。

結論と今後の展望

SDMAは、早期の腎機能低下を検出する可能性を秘めており、IRISのCKD早期ステージ分類にも活用されています。

しかしながら、測定の信頼性、年齢や他の疾患による影響、測定値の変動といった様々な課題が存在するため、SDMA単独での早期診断確定は困難と言えます。

SDMAに関する様々な問題点を認識しつつも、IRISのガイドライン改定を含めた今後の動向に注目しています。

GFRの評価においては、SDMAだけでなくクレアチニンなど他の指標も組み合わせた多角的な評価が重要であり、健常動物と罹患動物の測定値の重複といった課題の解決には、今後のさらなる研究が待たれます。

SDMAは有用なマーカーの一つかもしれませんが、その解釈には慎重さが求められます。

比較的安定しており長年使用されているクレアチニンも理想のマーカーとは到底言いづらいです。

尿比重測定や画像検査、クレアチニンなどSDMA以外の検査も含め総合的に判断することが重要です。

クレアチニン
イヌとネコの腎泌尿器病学より引用・一部改変

当院ではアニマルドック・健康診断をオススメしています

単独では診断が難しいかもしれませんが複数の検査を組み合わせることで早期発見ができるかもしれません。

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犬の僧帽弁閉鎖不全症とはhttps://selene-ah.com/mmvd/Tue, 06 May 2025 11:24:25 +0000https://selene-ah.com/?p=1021

僧帽弁閉鎖不全症とは 僧帽弁閉鎖不全症(Myxomatous Mitral Valve Disease: MMVD)は、特に小型犬に非常に多く見られる後天性の心臓病です 。僧帽弁(左心房と左心室の間にある弁)とその支持組 ... ]]>

僧帽弁閉鎖不全症とは

僧帽弁閉鎖不全症(Myxomatous Mitral Valve Disease: MMVD)は、特に小型犬に非常に多く見られる後天性の心臓病です 。僧帽弁(左心房と左心室の間にある弁)とその支持組織(腱索など)が粘液腫様変性という変化を起こし、弁がうまく閉じなくなることで血液の逆流が生じます 。

キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル、ミニチュア・ダックスフンド、トイ・プードル、チワワなどで好発します 。  

病気の進行は個体差がありますが、多くは無症状の期間を経て徐々に進行し、心拡大、そして最終的には肺うっ血(肺水腫)や低心拍出量による臨床症状(咳、呼吸困難、失神など)を引き起こす「うっ血性心不全(CHF)」に至ります 。  

アニマルドックや春・秋の健康診断コースで早期発見できる場合があります。

僧帽弁閉鎖不全症(MMVD)のステージ分類と治療

米国獣医内科学会(ACVIM)のガイドラインを中心に、各ステージの診断と治療について解説します 。  

ステージA

MMVDのリスクは高いが、心臓の構造的異常はない段階 。  

僧帽弁閉鎖不全症(MMVD)を発症するリスクが高く、現時点で心臓の構造的異常(心雑音など)がなくてもステージAに分類される犬種として、以下の犬種が挙げられています。

発病リスクの高い犬種

キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル

ダックスフンド(特にミニチュア・ダックスフンド)

トイ・プードル

ミニチュア・プードル

チワワ (日本で特に多いとされています)

治療

薬物療法や食事療法は不要 。早期に診断された繁殖犬は繁殖中止 。  

これらの犬種や、その他MMVDを発症しやすいとされる小型犬種 は、症状や心雑音がなくても定期的な健康診断(年1回の聴診など) を受けることが推奨されています。

ステージB1

心拡大が認められないか、軽微な段階 。心不全症状はない 。

診断

胸部レントゲン、血圧測定、心エコー検査が推奨 。  

治療

薬物療法や食事療法は不要 。6〜12ヶ月ごとの再検査 。  

ステージB2

明らかな心拡大(左房・左室拡大)があり、心不全発症リスクが高い段階 。

診断基準(ACVIM)

心雑音グレード3/6以上 、心エコー(LA/Ao比≧1.6, LVIDDN≧1.7 )、レントゲン(VHS>10.5 )を満たす場合。

心エコー所見が最も信頼性が高いとされます 。レントゲンのみの場合はVHS≧11.5やVLAS≧3などが参考になります 。  

診断基準について

まだ元気で症状(咳や息切れなど)が出ていなくても、心臓の中では病気が少しずつ進行していることがあります。

「ステージB2」というのは、心臓弁の逆流によって心臓に負担がかかり、心臓が少し大きくなり始めた状態を指します。

この段階で治療を始めると、将来的に心不全の症状が出るのを遅らせることができるため、獣医師はこの基準を使って治療を開始すべきか判断します。

その基準となる検査結果は主に以下の3つです。

心雑音(心臓の音)

心臓弁がうまく閉じずに血液が逆流すると、「ザーザー」というような雑音が聴診器で聞こえます。

この雑音の大きさは6段階で評価され、「グレード3/6以上」というのは、中程度以上の比較的はっきり聞こえる雑音があることを意味し、弁の逆流がある程度進んでいるサインです。

心エコー(心臓の超音波検査)

これは心臓の動きや大きさを詳しく見るための、最も信頼性の高い検査です。

・LA/Ao比 ≧ 1.6: 左心房(血液が戻ってくる部屋)が、大動脈(全身に血液を送る太い血管)と比べて1.6倍以上に大きくなっていることを示します。

逆流した血液を受け止めるために、左心房がふくらんできている状態です。

・LVIDDN ≧ 1.7: 左心室(血液を力強く送り出すメインの部屋)が、ワンちゃんの体の大きさに対して基準値(1.7)以上に大きくなっていることを示します。

余分な血液を処理するために、左心室も大きくなってきている状態です。

レントゲン(胸のX線検査)

心臓全体の形や大きさ、肺の状態を確認します。

VHS > 10.5: これは、背骨の長さと比べて心臓がどれくらい大きいかを測る数値です。10.5を超えていると、一般的に心臓が大きくなっていると考えられます。

もし心エコー検査が難しい場合、レントゲンだけでも心臓の大きさを評価します。その場合、VHSが11.5以上、あるいはVLAS(レントゲンでの左心房の大きさの指標)が3以上といった、よりはっきりとした拡大を示す数値を参考にすることがあります。

これらの検査結果を総合的に見て、ワンちゃんの心臓がステージB2の基準を満たしていると判断された場合、多くは心臓の負担を減らし、心不全の発症を遅らせるためのお薬(ピモベンダンなど)を開始することが推奨されます。

治療

ピモベンダン: (0.25−0.3mg/kg 1日2回経口投与) 心不全発症を遅らせるため、強く推奨されます(クラスI、エビデンスA) 。  

食事療法: 軽度のナトリウム制限、適切なタンパク質・カロリー摂取が推奨されます(クラスIIa、エビデンスC) 。  

ACE阻害薬: 有効性については議論があり、ACVIMでは必須とはされていませんが 、推奨する専門家もいます(クラスIIa、エビデンスC) 。咳のコントロールに難渋する場合に試されることもあります 。  

スピロノラクトン、β遮断薬: 通常推奨されません(クラスIII、エビデンスC/D) 。  

: 心拡大による気道圧迫が原因の場合、鎮咳薬が考慮されることがあります(クラスIIa、エビデンスD) 。気管支拡張薬(テオフィリンなど)や、炎症が関与する場合は一時的なステロイドが有効なこともあります 。  

Ettinger’s Textbook of Veterinary Internal Medicineより引用

図232.2 

僧帽弁粘液腫様変性(MMVD)がうっ血性心不全(CHF)に進行するにつれて起こる、心臓の大きさ、肺野、血管系の変化を示す左側胸部X線。

A:正常な心臓の輪郭と大きさ(椎骨心臓スコア[VHS] 10.2)、および著変のない肺野と血管系(ステージB1)。

B:軽度の心拡大(VHS 11.4)と正常な肺野および血管系(ステージB2初期)。

C:より進行した心拡大(VHS 12.2)で、気管の挙上とより顕著な血管像を伴うが、肺水腫の兆候はない(ステージB2後期)。

D:重度の心拡大(VHS 14.6)、および肺うっ血と間質性水腫(ステージC)。

ステージC

心不全症状(肺水腫など)を現在示している、または過去に示した段階 。

診断

臨床症状、身体検査(心雑音、肺のクラックル音など)、レントゲン(心拡大、肺水腫像)、心エコー(心拡大、左房圧上昇所見 E波>1.2-1.4m/sなど)、血液検査(腎機能、電解質、NT-proBNPなど) を組み合わせて行います。  

治療(急性期・入院管理)

酸素吸入: 低酸素血症の改善 。  

フロセミド: (1−2mg/kg 静注/筋注、反応を見ながら1時間ごとに追加、最大8mg/kg/4時間まで、あるいは0.66−1mg/kg/時で持続点滴も可)肺水腫の軽減 。  

ピモベンダン: (0.25−0.3mg/kg 1日2回経口投与) 強心作用と血管拡張作用 。  

血管拡張薬: ニトログリセリン軟膏(推奨度は低い クラスIIb) や、重症例ではニトロプルシド持続点滴 。血圧が高い場合(収縮期120mmHg以上など)はカルペリチド(ANP製剤、0.05-0.2 μg/kg/分を持続点滴)も有効な選択肢です 。  

鎮静剤: 呼吸困難に伴う不安の軽減(ブトルファノールなど)。  

穿刺: 胸水・腹水があれば排液 。  

ACE阻害薬: 急性期での使用は議論あり(クラスIIb)。  

治療(慢性期・自宅管理)

標準治療として以下の4剤が基本となります(クラスI)。

フロセミド: (通常 1−2mg/kg 1日2回経口投与から開始し、症状や腎機能を見ながら最小有効量に調整)。安静時呼吸数をモニタリングし、再発の早期発見に努めます 。  

ピモベンダン: (0.25−0.3mg/kg 1日2回経口投与) 。  

ACE阻害薬: (例: エナラプリル、ベナゼプリル 0.5mg/kg 1日1-2回経口投与) 。  

スピロノラクトン: (1−2mg/kg 1日1-2回経口投与) アルドステロン拮抗作用による心保護効果も期待されます 。  

食事療法: ステージB2と同様ですが、心臓悪液質に注意し、十分なカロリーとタンパク質を確保します 。ナトリウム制限は継続します 。低カリウム血症が見られる場合はカリウム補給を検討します 。オメガ3脂肪酸の補給も考慮されます 。  

トラセミド: フロセミドで効果不十分、あるいは副作用(腎機能悪化など)が懸念される場合に代替薬として考慮されます 。フロセミドの約1/10~1/20の用量 (0.1−0.3mg/kg 1日1回) が目安ですが、個体差が大きいです 。フロセミドより作用時間が長く、抗アルドステロン作用も併せ持ちます 。  

ステージD

標準治療に反応しない末期の心不全 。

診断

ステージCの診断基準に加え、標準治療(フロセミド8mg/kg/日以上など)への抵抗性を確認 。  

治療

ステージCの治療を強化します。

利尿薬の調整: 腎機能が許容範囲であればフロセミドまたはトラセミドを増量します 。

フロセミド頻回投与(1日3回)、皮下投与なども考慮されます 。利尿薬抵抗性(RAAS活性化、腎血行動態変化、下位尿細管でのNa再吸収亢進など)が見られる場合は、作用機序の異なる利尿薬(ヒドロクロロサイアザイドなどサイアザイド系利尿薬)の併用が有効な場合があります 。ただし、腎機能障害や電解質異常のリスクが高まるため慎重なモニタリングが必要です 。  

ピモベンダン増量: 1日3回投与(適用外使用)が考慮されることがあります 。  

追加の血管拡張薬: アムロジピンやヒドララジンを追加し、後負荷をさらに軽減します 。  

肺高血圧症: 合併している場合はシルデナフィル (1−2mg/kg 1日3回) を使用します 。  

ジゴキシン: 心房細動のレートコントロール目的 、あるいは洞調律でも推奨する専門家もいます 。  

β遮断薬: 通常は開始しませんが、心房細動コントロールや、以前から使用している場合は慎重に継続または減量を検討します 。  

対症療法: 難治性の咳に対する鎮咳薬 や気管支拡張薬 。  

バソプレシンV2受容体拮抗薬(トルバプタンなど): 水のみを排泄させる新しいタイプの利尿薬で、電解質異常を起こしにくい特徴があります 。今後の獣医療での応用が期待されます。  

外科療法:僧帽弁形成術(MVP)

僧帽弁形成術(MVP)は、人工心肺を使用し、損傷した弁を修復する根治的な治療法です 。主に腱索再建(人工腱索を使用)と弁輪縫縮術が行われます 。  

適応

ACVIMステージB2後期、C、Dが主な対象です 。ステージDでも内科治療が限界であれば積極的に考慮されます 。他の疾患(腎臓病、肺高血圧症など)が併存する場合でも、MMVDが最も予後に影響すると判断されれば適応となることが多いですが、手術リスクは上昇する可能性があります 。  

成績

高度医療施設での実施が必要で、合併症のリスク(血栓、感染、腎障害など)も伴いますが、専門施設での成功率は高く(3ヶ月生存率96%以上など)、成功すれば多くの場合で心臓薬の投与が不要となり、年単位での予後延長が期待できます 。  

術後遠隔期の問題

まれに逆流の再発(変性の進行、人工腱索の問題など)や僧帽弁狭窄、三尖弁逆流の悪化などが起こる可能性があります 。  

外科療法:経カテーテル的僧帽弁修復術(TEER)

開心術を行わず、カテーテルを用いて僧帽弁の前尖と後尖をクリップで留置し、逆流を軽減する低侵襲治療法です 。人ではMitraClipが用いられますが、犬用にはV-Clampなどのデバイスが開発され、臨床応用が始まっています 。開心術のリスクが高い高齢や併発疾患を持つ症例に対する選択肢として期待されています 。  

犬の僧帽弁閉鎖不全症の予後(病気の経過や生存期間の見通し)

内科療法の場合

ステージB1

心不全を発症する前の段階であり、多くの場合、進行は緩やかです。すぐに心不全に至る可能性は低いですが、定期的な検査で進行を監視することが重要です。

ステージB2

心拡大が始まっている段階ですが、臨床症状はありません。ピモベンダンによる治療を開始することで、心不全の発症を平均約15ヶ月遅らせることができると報告されています(EPICスタディ)。

このステージの犬は、心不全を発症するまで3〜4年以上生存することも少なくありません。ただし、左心拡大の程度やE波速度の上昇などが予後不良因子として知られています。

EPICスタディ

ステージCおよびD

心不全を発症した段階です。適切な内科療法(利尿薬、ピモベンダン、ACE阻害薬、スピロノラクトンなど)により、症状を管理し生活の質(QOL)を維持することを目指します。ステージCおよびDの内科療法における生存期間の中央値(半数の犬が生存する期間)は、報告によって差がありますが、半年〜1年程度とされています。ただし、これは安楽死を選択された症例も含む場合があり、個々の状況によって大きく異なります。ステージDは治療抵抗性であり、予後はより厳しいです。

外科療法(僧帽弁形成術:MVP)の場合

僧帽弁形成術は根治的な治療法であり、成功すれば内科療法と比較して大幅な予後の改善が期待できます。

手術が成功し、周術期(手術前後)を乗り越えることができれば、多くの場合、心臓薬の投与が不要または大幅に減量でき、年単位での生存期間の延長が期待されます。

ただし、手術にはリスクが伴い、合併症(血栓症、感染症、腎機能障害など)が起こる可能性もあります。手術成績は施設やチームの経験によって異なりますが、専門施設では高い成功率が報告されています。

ステージDのような末期的な症例でも手術は可能ですが、ステージB2やCと比較して周術期死亡率が高く、生存期間も短くなる傾向が報告されています。それでも内科治療が限界な場合には、手術が有力な選択肢となり得ます。

術後長期的に、まれに逆流の再発、僧帽弁狭窄、三尖弁逆流の悪化などが問題となる可能性もあります。

予後に影響する因子

ステージ

当然ながら、ステージが進行するほど予後は厳しくなります。

心拡大の程度

左心房・左心室の拡大が重度であるほど、予後は悪化する傾向があります。

心エコー(超音波検査)所見

E波速度の上昇などは、左房圧の上昇を示唆し、予後不良と関連します。

心臓バイオマーカー

NT-proBNPなどの値が高い場合、予後が悪い傾向があります。

心拍数

安静時心拍数が高いことも予後不良因子とされています。

併存疾患

腎臓病、肺高血圧症、不整脈などの併存疾患があると、予後に影響を与える可能性があります。

治療への反応

治療によく反応し、症状が安定している場合は、予後が良い傾向があります。

個々の犬の予後については、状態を詳しく評価した上で、かかりつけの獣医師や循環器専門医にご相談ください。

まとめ

犬の僧帽弁閉鎖不全症は、ACVIMガイドラインに基づいたステージ分類に応じた内科的管理が基本となります。

近年ではピモベンダンの早期(ステージB2)導入が標準的となり、心不全ステージ(C、D)では利尿薬、ACE阻害薬、スピロノラクトンなどを組み合わせた多剤併用療法が行われます。

利尿薬の選択や調整には、効果と副作用(特に腎機能や電解質)のバランスを考慮した慎重な判断が必要です。

外科療法(僧帽弁形成術)は根治的な治療法として確立されつつあり、特定の施設で実施されています。低侵襲なカテーテル治療(TEER)も登場し、治療選択肢は広がりつつあります。

いずれの治療法を選択するにしても、個々の症例の状態を正確に評価し、飼い主と十分に相談した上で、最適な治療計画を立てることが重要です。

僧房弁閉鎖不全症はアニマルドックや春・秋の健康診断コースで早期発見できる場合があります。

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犬と猫の慢性腎臓病(CKD)概要・原因・ステージ・管理方針・予後https://selene-ah.com/dog-cat-ckd/Fri, 18 Apr 2025 13:19:06 +0000https://selene-ah.com/?p=765

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犬と猫の慢性腎臓病(CKD)概要・原因・ステージ・管理方針・予後

この記事は主に『Ettinger’s Textbook of Veterinary Internal Medicine, 9th Edition』の情報を参考に作成しています。

このページでは、犬と猫の慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease: CKD)について、その定義、原因、診断(ステージ分類)、一般的な管理方針、そしてモニタリングと予後(今後の見通し)といった基本的な情報を解説します。

CKDの各合併症の詳しい管理方法については、それぞれの個別記事をご覧ください。

1. 慢性腎臓病(CKD)とは?

1.1. 定義

慢性腎臓病(CKD)とは、片方または両方の腎臓に構造的(形の問題)および/または機能的(働きの問題)な異常が3ヶ月以上続いている状態を指します。

これらの異常は、CKDの診断基準や病期の分類、病態の評価、そして病態の進行 と密接に関連しています。

具体的には、以下のようなものが挙げられます。

構造的異常(形や見た目の問題)

  • 腎臓のサイズや形状の変化
    • CKDの進行に伴い、腎臓が小さく萎縮したり、表面が不整になったりする。先天性の腎異形成では、腎臓の線維化が進みます。一方、多発性嚢胞腎や特定の腫瘍、急性腎障害の初期などでは腎臓が大きくなることもあります。左右の腎臓でサイズや形状に差が見られることもあります。
  • 嚢胞の形成
    • 腎臓内に大小様々なサイズの液体が溜まった袋(嚢胞)が複数できる多発性嚢胞腎などがあります。CKDの進行に伴って後天的に嚢胞が形成されることもあります。
  • 異形成
    • 腎臓の組織が正常に形成されない状態を指し、特に若齢動物でCKDの原因となります。
  • 結石やその他の病変
    • 腎臓や尿路に結石ができたり、炎症(腎孟腎炎など)、腫瘍、梗塞、膿瘍 などが見られることがあります
  • 診断方法
    • これらの構造的異常は、主に画像診断(X線検査、超音波検査、CT検査)や、必要に応じて病理学的診断(腎生検)によって確認されます。

機能的異常(働きの問題)

  • 糸球体濾過量(GFR)の低下
    • 腎臓の老廃物を濾過する能力(GFR)が低下します。これはCKDの診断基準の1つであり、3ヶ月以上持続するGFRの低下で診断されます。
  • 尿濃縮能の低下
    • 腎臓が尿を濃縮する能力が低下するため、多量の薄い尿を排泄するようになり(多尿)、水分摂取量が増加します(多飲)。脱水しやすくなります。尿検査では尿比重の低下として現れます。
  • 蛋白尿
    • 本来尿中にはほとんど漏れ出ないはずの蛋白質が尿中に排泄される状態です。特に糸球体疾患では重度になることがあります。蛋白尿はCKDを悪化させるリスクファクターです。
  • 高窒素血症
    • 腎臓で排泄されるべき老廃物(尿素窒素やクレアチニンなど)が血液中に蓄積する状態です。これが進行すると尿毒症の様々な臨床徴候(食欲不振、嘔吐など)が現れます。
  • 電解質や酸塩基平衡の異常
    • 腎臓は体内の電解質(カリウム、リンなど)や酸塩基バランスを調節する重要な臓器ですが、CKDが進行するとこれらの調節機能が障害され、高/低カリウム血症、高リン血症、代謝性アシドーシス などが発生します。
  • 貧血
    • 腎臓で産生されるエリスロポエチンというホルモンが不足することで貧血になることがあります(腎性貧血)。
  • 高血圧
    • 腎臓病に伴って全身性の高血圧が発生することも多いです。高血圧はCKDの進行を加速させるリスクファクターであり、適切な管理が必要です。
  • 診断方法
    • これらの機能的異常は、主に血液生化学検査(クレアチニン、尿素窒素、電解質、FGF23など)、尿検査(尿比重、尿蛋白/クレアチニン比など)、血圧測定血液ガス分析、そしてより正確なGFR測定(イヌリンクリアランス検査など)によって評価されます。SDMAもGFR低下の指標として使用されますが、問題点も指摘されています。

CKDの診断では、これらの構造的および機能的な異常を示す所見やマーカーを確認することが重要です。そして、多くの場合、これらの異常は互いに関連しながら腎臓の病態を進行させていきます

例えば、先天的な構造異常である異形成腎は、成長と共に線維化が進み、機能低下を引き起こします。また、機能低下によって生じた高血圧や蛋白尿などが、さらに腎臓の構造を傷害し、機能低下を加速させるという悪循環が生じることもあります。

1.2. 進行性と不可逆性

CKDは、残念ながら進行性(徐々に悪化する)であり、多くの場合不可逆的(元の状態には戻らない)です。

治療を行っても、病気の進行を完全に止めることは難しいとされています。

そのため、治療の目的は進行を少しでも遅らせることになります。

1.3. CKDと併存しやすい病態

1.3.1. 併存疾患の例

CKDの動物では、他の腎臓に関連する問題が同時に起こっていることがよくあります。

  • 腎前性/腎後性高窒素血症: 脱水や尿路閉塞など、腎臓自体以外の原因で血液中の老廃物が増える状態。
  • 活動性の腎疾患: 腎盂腎炎(腎臓の感染症)など、現在進行中の腎臓の病気。これらは「慢性腎臓病の急性増悪」と呼ばれることもあります。

1.3.2. 可逆性と診断の重要性

これらの併存疾患の多く(例:腎盂腎炎、尿管閉塞、脱水など)は、治療によって改善する可能性(可逆性)があります。

そのため、CKDの診断時には、隠れている可能性のある他の原因(寄与因子)をすべて見つけ出し、適切に評価することが非常に重要です。

1.3.3. 代償・適応機序の影響

治療可能な併存疾患(一次疾患)や腎前性・腎後性の問題を解決しても、必ずしも腎機能が大きく改善するわけではありません。

これは、体が既に腎機能低下を補おうとする仕組み(代償・適応機序)を働かせているためです。

しかし、この補おうとする仕組み自体が、長期的には残った腎臓の組織(ネフロン)に負担をかけ、さらなる機能低下を招く可能性があります。

2. CKDの疫学(有病率と好発)

2.1. 有病率(病気を持つ割合)

近年の一般的な動物病院での調査によると、CKDを持つ動物の割合は以下の通り報告されています。

  • 犬: 0.5% ~ 3.74%
  • 猫: 1.2% ~ 3.6%

2.2. 年齢との関連(特に猫)

CKDは年齢とともに発症しやすくなります。特にでは、高齢の動物に非常に多い病気と考えられています。

以前は「15歳以上の猫の15~30%がCKDの兆候を持つ」と推定されていました。

しかし、より最近の研究では「15歳以上の猫の80%がCKDである」という非常に高い有病率も示唆されています。

0-1.9歳の猫における有病率は 2.1%、2-8歳の猫における有病率は 0.9%というデータも示されていました。

2.3. 猫におけるその他のデータ

  • 別の研究では、9歳以上の猫のうち30.5%が、調査開始から1年以内に高窒素血症(血液中の老廃物増加)を発症しました。
  • 腎臓病は、5歳以上の猫における最も一般的な死因の一つです。スウェーデンの調査では、12歳未満で死亡した保険加入猫の死因としても最も多いものでした。

2.4. 年齢との関連(犬)

犬においても、高齢になるとCKDのリスクは高まります。

  • 英国の調査では、12歳以上の犬は、7~12歳の犬と比較してCKDを発症するリスクが5.5倍高いと報告されています。

3. なぜCKDの発見が遅れがちなのか?

3.1. 診断される時期

犬や猫のCKDは、多くの場合、病気がかなり進行し、血液検査で異常(高窒素血症)が見つかるまで診断されません

3.2. 診断時の腎臓の状態

診断される段階では、腎臓は以下のような状態になっていることが典型的です。

  • 小さくなっている: 壊れた腎臓の組織(ネフロン)が、硬い組織(線維化)や慢性の炎症に置き換わっているため。
  • 残った組織が変化している: 生き残ったネフロンは、失われた機能を補おうと無理をしている(代償性の変化)状態です。
  • 悪化が進んでいる可能性: 無理な状態(不適応なプロセス)が続くことで、さらなる悪化が進んでいる場合があります。

3.3. 原因特定の難しさ

診断時に見られる腎臓の変化(病変)は、CKDに共通してみられるものであり(非特異的)、何が原因で最初に腎臓が悪くなったのかを特定するのは困難です。

そのため、CKDを引き起こした最初の原因(誘発原因)は通常、はっきりとは分かりません。

特定の大きな原因一つではなく、生涯にわたる小さな腎臓へのダメージ(腎障害)が積み重なった結果として発症している可能性が高いと考えられています。

4. 犬のCKD:考えられる原因

4.1. 多様な原因

犬のCKDは、様々な要因によって引き起こされる可能性があります。

  • 家族性/遺伝性: 特定の犬種で起こりやすい。
  • 先天性: 生まれつき腎臓に問題がある(例:若年性腎症/腎異形成、特に若い動物で見られる)。
  • 後天性: 生まれた後にかかる病気や状態。

4.2. 年齢による傾向

  • 高齢犬: 猫と同様に、腎臓の尿細管やその周りの組織に炎症が起こる「尿細管間質性腎炎」が見られる傾向があります。

4.3. 糸球体疾患の重要性

糸球体疾患(腎臓のフィルター部分の病気)は、猫よりも犬で非常によく見られ、犬のCKDの主な原因となっている可能性が高いと考えられています。

ただし、確定診断には腎生検(腎臓の組織を一部採取して調べる検査)が必要ですが、全てのCKDの犬が腎生検を受けるわけではないため、糸球体疾患が原因である犬の正確な割合は分かっていません。

4.4. 糸球体疾患の具体例(腎生検を受けた犬のデータ)

タンパク尿(尿にタンパク質が多く漏れ出る状態)があり、腎生検を受けた犬501頭の研究では、以下のような結果でした。

  • 免疫複合体介在性糸球体腎炎 (ICGN): 48.1% (免疫反応が関わるタイプ)
  • アミロイドーシス: 15.2% (異常なタンパク質が沈着するタイプ)
  • 巣状分節性糸球体硬化症 (FSGS): 20.6%
  • その他の非ICGN性疾患: 9% + 4.8% + 2.4% (上記以外の糸球体や尿細管の問題)

4.5. 感染症との関連

特定の感染症が糸球体疾患を引き起こし、CKDの原因となることもあります。

  • 例: ライム病(ボレリア症)、エーリキア症、アナプラズマ症、バベシア症、リーシュマニア症など。

5. 猫のCKD:考えられる原因

5.1. 主な組織学的特徴

CKDの猫の腎臓を顕微鏡で調べると、最も一般的に見られるのは以下の特徴です。これらは様々な腎臓へのダメージの結果として共通して見られる変化(最終的な共通経路)と考えられています。

  • 尿細管間質性炎症: 尿細管とその周りの組織の炎症。
  • 尿細管萎縮: 尿細管が縮んでしまうこと。
  • 線維化: 組織が硬くなってしまうこと。
  • 二次的な糸球体硬化症: 糸球体が硬くなってしまうこと(他の部分の問題に続いて起こる)。

5.2. 特定原因の診断率

一般的な動物病院でCKDと診断された猫が亡くなった後に腎臓を調べても(剖検)、具体的な原因疾患が特定できるのは約16%と多くはありません。

5.3. 考えられる要因(尿細管間質性腎炎の原因として)

猫のCKD(特に尿細管間質性腎炎)を引き起こす可能性のある要因として、様々なものが挙げられています。

  • 加齢
  • ウイルス感染: 猫免疫不全ウイルス(FIV)、猫モルビリウイルスなど。
  • 腎臓以外の病気: 甲状腺機能亢進症、歯周病、全身性高血圧、心臓病など。
  • 環境要因: ストレス、ワクチン、食事内容など。
  • 虚血・低酸素血症: 腎臓への血流不足や酸素不足。

5.4. 原因特定は困難

CKDの猫の大部分では、明確な原因は特定できません。

おそらく、個々の猫で異なる要因が複雑に組み合わさった結果として発症すると考えられています。

5.5. 猫特有の要因:尿細管の脂質

猫のCKDでは、尿細管にたまった脂質が病気に関わっている可能性があり、これは猫に特有の現象かもしれません。

尿細管が傷ついて細胞が死ぬと、その周りの組織(間質)に脂質が漏れ出し、これが炎症を引き起こし、最終的に線維化(組織が硬くなること)につながる可能性があります。

5.6. 加齢と腎臓の脆弱性

猫のCKDは年齢とともに著しく増加します。

これは、単に長年のダメージが蓄積するだけでなく、老化した腎臓自体がダメージを受けやすく、回復しにくくなっていることも関係していると考えられます。

猫のCKDでは、細胞の老化やテロメア(染色体の末端部分)の短縮といった変化が報告されており、これらは腎臓が傷ついた後の修復能力の低下を示唆しています。

6. CKDの重症度分類:IRISステージング

6.1. ステージングの目的

CKDの診断が確定し、動物の状態が安定したら、国際獣医腎臓病研究グループ(IRIS)が提唱するステージング(重症度分類)を行います。

この分類は、CKDがどのくらい進行しているかを把握し、適切な治療方針を立てたり、今後の見通し(予後)を予測したりするのに役立ちます。

6.2. 分類方法の概要

IRISステージングは、主に腎機能(血液検査の数値)に基づいてCKDを4つの段階(ステージI〜IV)に分類します(詳細は表6.1参照)。

さらに、以下の2つの要素によって、各ステージをより細かく分類(サブ分類)します。

  • タンパク尿の程度
  • 動脈血圧(BP)の高さこれにより、個々の動物に合わせた、より具体的な管理計画を立てやすくなります。

6.3. IRIS CKDステージの決め方

6.3.1. 基本となる指標:血清クレアチニン

ステージ分類は、主に血液検査項目である血清クレアチニン濃度に基づいて行われます(6.4 表6.1参照)。

クレアチニンは、腎臓のフィルター機能(糸球体濾過量、GFR)がどの程度残っているかを推定するためによく使われる指標です。

6.3.2. ステージングを行う際の注意点

クレアチニン値だけで判断するには限界があるため、以下の点に注意してステージを決定します。

  • 安定した状態で測定: 動物が十分に水分補給されており、体調が安定している時に測定します。
  • 絶食下での測定: 食事の影響を避けるため、絶食状態で採血します。
  • 複数回の測定: 一時的な変動を考慮し、数週間あけて最低2回測定し、その結果に基づいて判断します。
  • 臨床症状も考慮: 検査結果だけでなく、動物の実際の症状や状態(臨床状態)も考慮して、治療方針を決定します。

6.3.3. クレアチニン値に影響を与える要因

クレアチニン値は、腎機能以外にも以下のような要因で変動する可能性があります。

  • 検査室による差: 測定する施設によって結果が多少異なることがあります。
  • 個体差: 品種、年齢、性別、体型(ボディコンディション)、筋肉量(除脂肪体重)など。
  • 一時的な要因: 脱水(腎前性)や尿路閉塞(腎後性)など、一過性の問題。

6.3.4. 筋肉量の影響とSDMAの活用

特に猫では、CKDが進行すると筋肉量が減ることが多く、これがクレアチニン値を実際よりも低く見せてしまう可能性があります。

そのため、IRISは、筋肉量が著しく減少している犬や猫においては、別の腎機能マーカーである対称性ジメチルアルギニン(SDMA)の値を参考に、クレアチニンに基づくIRISステージを修正することも提案しています。(www.iris-kidney.com)

6.4. 表6.1 犬と猫のIRIS CKDステージング

A. IRIS CKD ステージ

ステージ測定項目
Stage Iクレアチニン< 1.4 mg/dL < 1.6 mg/dL
SDMA< 18 ng/dL< 18 ng/dL
Stage IIクレアチニン1.4-2.8 mg/dL 1.6-2.8 mg/dL
SDMA18-35 ng/dL18-25 ng/dL
Stage IIIクレアチニン2.9-5.0 mg/dL 2.9-5.0 mg/dL
SDMA36-54 ng/dL26-38 ng/dL
Stage IVクレアチニン> 5.0 mg/dL > 5.0 mg/dL
SDMA> 54 ng/dL> 38 ng/dL

B. タンパク尿によるサブステージ分類

サブステージ尿タンパク質/クレアチニン比 (UPC) – 犬尿タンパク質/クレアチニン比 (UPC) – 猫
タンパク尿 (P)> 0.5> 0.4
ボーダーラインタンパク尿 (BP)0.2-0.50.2-0.4
非タンパク尿 (NP)< 0.2< 0.2

C. 血圧によるサブステージ分類

サブステージ収縮期血圧 (mmHg)標的臓器障害のリスク
正常血圧< 140最小
前高血圧140 – 159
高血圧160 – 179中程度
重度高血圧≥ 180

出典: http://www.iris-kidney.com/ pdf/2 IRIS_Staging of CKD_2023.pdf. Copyright 2023 International Renal Interest Society.

6.5. IRISステージのサブステージ分類

6.5.1. サブステージ分類の目的と指標

IRISステージングでは、CKDの進行度(ステージI〜IV)を評価するだけでなく、さらに詳しい情報を加えるためにサブステージ分類を行います。 これは、治療方針の決定予後の予測に役立ちます。 サブステージ分類では、以下の2つの指標を用います。

  • タンパク尿の程度(尿中にどれくらいタンパク質が漏れているか)
  • 動脈血圧(BP)の高さ

6.5.2. サブステージ分類の注意点:タンパク尿

タンパク尿の程度は、尿タンパク質/クレアチニン比(UPC)という検査で評価します。正確な評価のために以下の点に注意が必要です。

  • 測定前の確認事項
    • 尿路の炎症や出血がないか確認: UPCを測定する前に、尿検査や尿培養を行い、尿路感染症、出血、炎症などがUPCを高くする原因となっていないかを確認します。
    • 尿沈渣が非活動的であること: 尿中の細胞成分などが落ち着いている(非活動的)状態で測定する必要があります。
  • 測定方法と頻度
    • 複数回の測定: 1回の測定だけでは変動があるため、特に値が著しく高い場合や基準値以下(例: <0.2)でない限り、少なくとも2週間以上の期間をおいて2〜3回UPCを再検査することが推奨されます。
    • 平均値で分類: 複数回測定した場合は、その平均値を用いて、「タンパク尿 (P)」「ボーダーラインタンパク尿 (BP)」「非タンパク尿 (NP)」のいずれかに分類します(分類の具体的な数値は表6.1参照)。
  • 採尿場所による違い
    • 自宅で採尿した尿は、動物病院で採尿したものよりもUPC値が低くなる傾向があります。解釈の際にはこの点を考慮する必要があります。
  • ボーダーラインの場合
    • UPCが「ボーダーライン」と判定された場合は、2ヶ月後に再評価することが推奨されます。
  • 分類の変動
    • CKDの進行や治療への反応によって、タンパク尿の分類(サブステージ)が変わることがあります。そのため、定期的な再評価が重要です。

6.5.3. サブステージ分類の注意点:血圧

血圧もタンパク尿と同様に変動があるため、数週間にわたって複数回測定し、安定した値に基づいて評価する必要があります。

7. CKDが体に及ぼす影響(概要)

7.1. 腎臓の主な機能障害

一般的に、CKDの犬や猫では、腎臓の働きが悪くなることで、主に以下の3つの問題が起こります。

  1. 電解質と水分の排泄障害: 体に必要なミネラルバランスや水分量をうまく調節できなくなる。
  2. 有機溶質(尿毒症毒素)の排泄低下: 体にとって不要な老廃物(尿毒症毒素)を十分に排泄できなくなる。
  3. 腎臓ホルモン合成の障害: 腎臓で作られる重要なホルモン(例:エリスロポエチン)が十分に作られなくなる。

7.2. 腎臓の組織変化との関連

腎臓の機能障害の程度は、腎臓組織に見られる炎症(尿細管間質性炎症)、組織の萎縮(尿細管萎縮)、組織の硬化(尿細管間質性線維化)の程度と関連していることが分かっています。 (注: これらの機能障害が具体的にどのような合併症を引き起こすかについては、各合併症の詳細記事をご参照ください)

8. CKDの管理:基本的な考え方

8.1. 治療の主体:内科的管理

CKDは進行性の病気であり、現在のところ、腎移植以外に腎機能の低下を元に戻したり、完全に止めたりする方法はありません。 そのため、治療の中心は内科的管理(薬や食事療法など)となります。

8.2. 管理の目標

内科的管理の主な目標は以下の通りです。

  • 代謝性合併症を最小限に抑える: 腎機能低下によって起こる体内の様々な問題をできるだけ少なくする。
  • 病気の進行を遅らせる: 腎機能がさらに悪化するスピードをできるだけ緩やかにする。
  • 良好な生活の質(QOL)を維持する

8.3. 治療計画を立てる上での重要ポイント

CKDは長く付き合っていく病気であるため、無理なく続けられる治療計画を立てることが非常に重要です。

  • 飼い主との連携
    • 飼い主の意向と実行可能性の確認: 治療計画を立てる最初のステップとして、飼い主さんが何を目標としているか、そしてどの程度まで治療(投薬など)を実行できるかを理解することが大切です。
  • 個別化された治療
    • その子に合った治療を: 治療の推奨は、画一的ではなく、個々の動物の臨床症状や検査結果、そしてその治療が本当に役立つ可能性に基づいて、個別に行うべきです。
  • 治療の優先順位付け
    • 治療の選択と優先順位: CKDの治療には多くの選択肢がありますが、すべてを行うのが難しい場合もあります。そのため、医学的な重要度や、飼い主さんの希望(費用、手間、QOLへの影響など)を考慮して、どの治療を優先するかを決める必要があるかもしれません。
  • 飼い主への説明の重要性
    • 飼い主への教育: 飼い主さんになぜその治療が必要なのか、そしてどのような効果が期待できるのかを十分に理解してもらうことが、治療を継続してもらう(アドヒアランス向上)ために最も重要です。
  • 継続的な評価と修正
    • 定期的な見直し: CKDの状態は時間とともに変化するため、定期的に診察や検査を行い、その結果に基づいて治療内容を見直していくことが必要です。
  • 獣医療チームと飼い主の関係
    • 良好な関係構築: 獣医療チームと飼い主さんとの間に強い信頼関係を築くことが、動物が病気の各段階を通じて最善のケアを受けられる可能性を高めます。 (注: 具体的な治療法(食事療法、薬物療法など)については、各合併症の詳細記事をご参照ください)

9. CKDの経過観察:モニタリング

9.1. モニタリングの基本方針

  • 個別化: CKDの治療に対する反応は、適切な間隔で経過を観察(モニタリング)し、その動物特有の、そしてしばしば変化するニーズに合わせて個別に対応していく必要があります。
  • 初期段階: 一般的に、治療を開始した直後は、その初期反応を確認できるまで、2~4週間ごとの評価が推奨されます。

9.2. モニタリングの頻度(目安)

評価(診察や検査)の頻度は、腎機能障害の重症度、合併症の有無、行っている治療内容、そして治療への反応によって異なります。以下は一般的な目安です。

  • ステージI: 状態が安定していれば、6~12ヶ月ごとの評価で良い場合があります。
  • ステージII(猫): 初期反応が確認でき安定していれば、通常3~6ヶ月ごとに経過を観察します。
  • ステージII(犬)および ステージIII(犬・猫): 腎機能の状態にもよりますが、2~4ヶ月ごとの評価が必要です。
  • 特別な治療中: EPO(エリスロポエチン製剤)やカルシトリオールを投与している場合は、生涯にわたり、より頻繁なモニタリングが必要です。

10. CKDの予後:今後の見通し

10.1. 病気の進行は様々

  • 予測の難しさ: CKDは基本的にはゆっくりと、しかし確実に進行していく病気ですが、その進行速度は個々の動物によって大きく異なります。そのため、今後の見通し(予後)を正確に予測することは困難な場合があります。単一の検査項目だけで生存期間を予測することはできません(表10.1参照)。
  • 進行パターン:
    • ほぼ一定のペースで徐々に悪化していく場合。
    • 比較的安定している期間と、急激に腎機能が悪化するエピソードを繰り返す場合。
    • 安定した期間と尿毒症クリーゼ(急性増悪)を繰り返し、最終的に亡くなる場合。
  • 進行しないケースも?: ある研究では、CKDと診断された猫213匹のうち、血清クレアチニン値が進行性に悪化したのは101匹(47%)のみでした。
  • 犬と猫の違い: 一般的に、CKDは犬よりも猫の方がはるかにゆっくり進行します。ただし、犬でもタンパク尿を伴わない先天性や家族性の腎症の場合は、進行がゆっくりなことがあります。
  • その他の要因: 検査データだけでなく、医療ケアの質飼い主さんの治療への協力度動物の治療への協力度、そして**動物が感じている生活の質(QOL)**なども予後に影響を与えます。

10.2. 生存期間の目安(中央値)

予後をより正確に判断するためには、まず治療可能な併存疾患を治療し、動物が安定した状態になってから評価する必要があります。IRISステージは予後を推定する上で参考になります。

  • 猫の場合(後ろ向き研究より):
    • ステージIIb (Cre 2.3-2.8): 中央値 1151日
    • ステージIII: 中央値 679日
    • ステージIV: 中央値 35日
  • 犬の場合:
    • 一次診療研究: 全体中央値 226日 (ステージIIIは2.6倍、IVは4.7倍死亡率↑)
    • 小規模研究: ステージII 中央値 14.8ヶ月, III 中央値 11.14ヶ月, IV 中央値 1.98ヶ月
  • 注意: これらはあくまで中央値であり、個々の予後は異なります。

10.3. 進行や予後に関連する要因

以下の要因が、CKDの進行や予後(生存期間など)に関連していると報告されています。

リンリン
FGF23FGF23
タンパク尿タンパク尿
貧血高血圧
体重低BCS
尿毒症毒素低筋肉量
Ca × PO₄積の増加
尿毒症毒素

まとめ

慢性腎臓病(CKD)は、犬や猫、特に高齢の動物でよく見られる、腎臓の機能が徐々に低下していく進行性の病気です。多くの場合、症状が現れる頃には病気がかなり進行しており、原因の特定も困難なことがあります。

診断後は、IRISステージングシステムを用いて重症度を評価し、個々の動物の状態に合わせて治療計画を立てます。CKDの管理は、根本的な治癒を目指すのではなく、病気の進行を遅らせ、様々な合併症(骨ミネラル代謝異常、消化器症状、貧血、高血圧など)を管理し、できる限り良好な生活の質(QOL)を維持することを目標とします。

治療の基本は食事療法や薬物療法などの内科的管理であり、生涯にわたるケアが必要です。定期的なモニタリングで状態を把握し、治療内容を調整していくことが重要となります。また、飼い主さんと獣医療チームが協力し、その子にとって最善のケアを継続していくことが、より良い時間を過ごすための鍵となります。

予後は様々ですが、適切な管理を行うことで、多くの動物が診断後も比較的長く、穏やかな生活を送ることが可能です。

この概要記事でCKDの全体像を理解した上で、各合併症の具体的な管理方法については、それぞれの詳細記事をご参照ください。

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出典

Ettinger’s Textbook of Veterinary Internal Medicine, 9th Edition

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