CKDの合併症:カリウム(K)バランス異常とその管理

CKDの合併症:カリウム(K)バランス異常とその管理

この記事は主に『Ettinger's Textbook of Veterinary Internal Medicine, 9th Edition』および関連資料の情報を参考に作成しています。

慢性腎臓病(CKD)では、腎臓の機能低下により体内の電解質バランスを維持する能力が損なわれ、特にカリウム(K)の濃度に異常が生じることがあります。カリウムは筋肉や神経の正常な働きに不可欠なミネラルであり、そのバランスが崩れると様々な問題を引き起こします。この記事では、CKDで見られる低カリウム血症と高カリウム血症について解説します。

犬と猫の慢性腎臓病(CKD)概要・原因・ステージ・管理方針・予後

目次犬と猫の慢性腎臓病(CKD)概要・原因・ステージ・管理方針・予後1. 慢性腎臓病(CKD)とは?1.1. 定義1.2. 進行性と不可逆性1.3. CKDと併存しやすい病態1.3.1. 併存…

1. 低カリウム血症 (HypoK):特に猫で問題に

低カリウム血症(HypoK)は、血液中のカリウム濃度が正常よりも低い状態です。

1.1. どのくらいの頻度で起こるか?

  • 猫: CKDの猫では一般的で、罹患猫の**約20~30%**で見られます。
    • 特にIRISステージ2および3で最もよく見られます。ステージ4では腎機能(GFR)が著しく低下するため、頻度は下がるようです。
    • 高血圧のあるCKD猫で併発していることが多いと報告されています。CKDの合併症:高血圧とその管理
    • 降圧薬のアムロジピンがHypoKを助長する可能性も指摘されています。
  • 犬: CKDの犬では、猫ほど一般的ではありません
    • 理由としては、種差に加えて、犬ではタンパク尿の治療のためにACE阻害薬(ACEi)やアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)が処方されることが多く、これらの薬は血清カリウム値を上昇させる作用があるためと考えられます。

1.2. どんな症状が出て、どんな影響があるか?

  • 重度のHypoK (<2.5 mEq/L):
    • 猫: **筋力低下(ミオパチー)**の症状が出ることがあります。
      • 例: 首が力なく前に垂れる(頸部腹側屈曲)、かかとをついて歩く(足底接地姿勢)。
  • 中程度のHypoK (2.5-3.0 mEq/L):
    • より微妙な症状が主です:筋力低下、元気消失(嗜眠)、食欲不振、便秘。
  • 軽度のHypoK:
    • 明らかな症状が出ないこともありますが、隠れた悪影響がある可能性が指摘されています(他の動物種の研究に基づく)。
      • 腎臓の血管新生(新しい血管ができること)を妨げる。
      • 健康な猫でも、カリウム不足の食事は腎機能障害を引き起こす。食事の酸性化と重なるとさらに悪影響が出る可能性も。
      • 腎臓への血流やGFR(ろ過量)を低下させる可能性がある。
      • 多尿(PU)を悪化させる可能性がある(ADHへの反応低下、渇中枢刺激)。
      • 便秘との関連(特にCKD猫)。
  • 予後との関連:
    • ヒトの腎臓病では、HypoK (<4 mEq/L) は末期腎不全や死亡のリスク増加と関連しています。
    • しかし、驚くべきことに、現在のところCKD猫においてHypoKが病気の進行や予後を悪化させるという明確な証拠は示されていません

1.3. なぜ起こるのか?(病態生理)

CKDの猫でHypoKが起こる正確なメカニズムは完全には解明されていませんが、以下の要因が複合的に関わっていると考えられています。

  • 尿からのカリウム喪失増加: 多尿(PU)により、尿細管でのカリウム再吸収が減る。
  • 食事からの摂取不足: 食欲不振などにより、食事から十分なカリウムが摂れない。
  • 食事中のナトリウム(Na)制限: (影響の詳細は不明)
  • RAASの活性化: レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の活性化。
  • 細胞内カリウムの枯渇:
    • カリウム(K)は体内の主要な細胞内陽イオンで、その95%は筋肉内に存在します。
    • CKDに伴う慢性的な代謝性アシドーシス(体が酸性に傾くこと)は、細胞内に水素イオンが入り込む代わりにカリウム(K)が細胞外へ流出するのを促し、細胞内のカリウム不足を引き起こします。
    • そのため、血液中のカリウム濃度(血清K)が正常範囲内であっても、実際には細胞内(筋肉内)のカリウムは不足している可能性があります(正常カリウム血症のCKD猫は、健康な猫より筋肉内K濃度が低いという報告あり)。

1.4. 低カリウム血症の管理(治療)

1.4.1. 食事療法

  • 猫用: CKD猫用に配合された食事は、通常カリウム(K)が補給されています(乾燥物基準で平均0.7~1.2%)。
  • 犬用: CKD犬用に配合された食事は、通常はカリウム(K)が補給されていません(通常、乾燥物基準で0.4~0.8%)。
  • 効果(経験的): カリウム補給食を食べているCKD猫は、臨床的に重度のHypoKを発症することが少ないようです。

1.4.2. 経口カリウム(K)補給

  • 安全性: 状態が安定している猫では、経口での補給が最も安全な方法とされています。
  • 適応・目標:
    • HypoKによる悪影響の可能性や、血清K値が必ずしも体内の状態を反映しないことを考慮し、血清K値が基準範囲の下限に近い場合でも予防的に補給することを推奨する意見もあります。
    • 目標は、血清K値を >4 mEq/L (>4 mmol/L) に維持することです。(ヒトのガイドラインでは4.0-5.5 mmol/Lが目標とされることもあります)
    • 特に便秘のあるCKD猫では、カリウムが消化管の運動に果たす役割を考えると、補給が重要です。
    • ただし、予防的なカリウム補給の明確な有効性はまだ確立されていません
  • 薬剤の種類:
    • グルコン酸カリウムクエン酸カリウムが利用可能です(錠剤、粉末、ゲルなど)。
    • 塩化カリウム(KCl)は、酸性化作用があり嗜好性も低いため、経口補給には推奨されません
  • 投与量(目安):
    • グルコン酸K: 1~4 mEq/猫/日 PO(必要に応じて分割)。
    • クエン酸K: 40~75 mg/kg PO 12時間ごと(約2~6 mEq/猫/日)。効果を見ながら調整します。
    • 多くの猫は最低用量で正常値に達します(最近の研究では0.25~1.6 mEq/kg/日で十分だった例も)。
  • クエン酸Kの利点: 体をアルカリ化する作用もありますが、代謝性アシドーシス治療薬としての有効性はまだ十分評価されていません。
  • モニタリング: 補給開始後7~14日で血清K値を再検査し、それに応じて投与量を調整します。

1.4.3. 重症の場合や急性増悪時の対応

  • 低カリウム血症性ミオパチー(筋力低下)を起こしている猫や、尿毒症クリーゼ(急性増悪)で集中的な輸液療法が必要な猫:
    • まず塩化カリウム(KCl)を加えた点滴(IV輸液)で血清K値を正常化させるのが最善です。
    • 正常値になったら、点滴中のKCl濃度をゆっくり減らします(急に止めると再発しやすい)。場合によっては、点滴漸減中に経口補給を開始する必要があります。
    • 症状が改善した後は、臨床症状と血清K値に基づいて経口補給量を調整します。
  • 輸液療法中の注意: カリウムを含まない輸液を大量に投与すると、元々低カリウムでなかった動物でもHypoKになる可能性があります。輸液中は血清K値を監視し、必要に応じて維持輸液にKClを補充します(維持輸液には13~20 mEq/L程度が適切)。
  • 点滴速度: 点滴でKClを投与する場合、0.5 mEq/kg/時の速度を超えないようにします。
  • 難治性の場合: カリウム補給に反応しにくい場合は、高アルドステロン症など他の病態を考慮する必要があります。
  • 長期管理: 臨床的な印象では、ほとんどのCKD猫は長期的なカリウム補給から利益を得ています。

2. 高カリウム血症 (HyperK):特に犬で注意

高カリウム血症(HyperK)は、血液中のカリウム濃度が正常よりも高い状態です。

2.1. 起こりやすい状況と頻度

  • 犬: CKDのでより一般的に発生します。
    • ある研究では、CKD犬(主にステージII-III)153例のうち、**47%**が少なくとも1回は高K血症(>5.3 mmol/L)を示し、**16%**は重度(>6.5 mmol/L)、**25%**は持続的(3回以上)な高K血症を示しました。
  • 薬剤の影響: **ACE阻害薬(ACEi)アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)**の投与によって悪化することがあります。(これらの薬はタンパク尿や高血圧の治療に用いられます)

2.2. どんな影響があるか?

  • 臨床症状: 悪心、嘔吐、脱力感、しびれ、そして重篤な場合には不整脈(心臓のリズムの異常)を引き起こし、命に関わることもあります。
  • 予後との関連: ヒトでは、CKDステージに関わらず高カリウム血症は予後不良因子とされています。

2.3. 高カリウム血症の管理

2.3.1. 食事療法

  • カリウム制限: 食事中のカリウム(K)摂取量を減らすことが基本です。
    • CKD犬用の療法食は通常カリウムが補給されていません。
    • 療法食でも高K血症が続く場合、カリウム含有量をさらに低減した家庭調理食への変更が有効な場合があります。(例:ある研究では療法食(K:1.6 g/1000kcal)から家庭食(K:0.91 g/1000kcal)への変更で血清K値が改善)

2.3.2. 原因薬剤の見直しとモニタリング

  • ACEi/ARB使用時: これらの薬を使用している場合は、高K血症のリスクがあるため、慎重なモニタリングが必要です。
    • モニタリング頻度(目安):
      • CKDステージ1&2 (Cre<2.0): 投与開始/変更後1~2週間以内にクレアチニン、電解質、血圧をチェック。
      • CKDステージ3&4 (Cre>2.0): 投与開始/変更後3~5日以内にチェック。
    • 対応:
      • 血清K値が6.5 mmol/L以上になった場合、またはクレアチニン値がベースラインから30%以上(Stage1&2)/ 10%以上(Stage3&4)上昇した場合は、減量または投薬中止を検討します。

2.3.3. 薬物療法(経口カリウム降下薬)

食事療法や原因薬剤の見直しでもコントロールできない場合、消化管内でカリウムを吸着・排泄させる薬の使用を検討します。

  • イオン交換樹脂(例:ポリスチレンスルホン酸ナトリウム - ケイキサレート®など):
    • 腸管内でカリウムと他の陽イオン(主にナトリウムやカルシウム)を交換し、便中へのカリウム排泄を促します。
    • ある程度の効果は期待できますが、ヒトでは低Ca血症、低Mg血症、消化管壊死との関連が報告されており、注意が必要です。
  • ジルコニウムシクロケイ酸ナトリウム(ロケルマ®など):
    • 消化管内でカリウムを選択的に捕捉する新しい薬です。
    • ヒトでは有効性と安全性が示されていますが、獣医学領域での使用に関する情報はまだ限られています
    • 犬猫での報告(回顧的研究): 急性腎障害を含む高K血症(平均7.0 mmol/L)の犬9例・猫2例に対し、0.11 g/kg(範囲0.08-0.19)を投与(初期tid、その後sid)。血液透析を受けなかった7例中5例でカリウム低下(中央値 -1.31 mmol/L)が見られ、明らかな有害事象は報告されていません。
    • 使用法(参考): 1回投与量 0.1~0.2 g/kg(水または食事と)。開始2日間はtid(急性期?CKD?)、その後sid。
    • 課題: 適切な投与量・頻度は今後の検討課題。中~大型犬では費用が高くなる可能性があります。

2.3.4. 緊急時の治療(慢性管理には不向き)

重度の高カリウム血症で緊急対応が必要な場合(主に急性腎障害など)には、利尿剤(フロセミドなど)、グルコース・インスリン療法、β₂作動薬(テルブタリンなど)、血液透析などが行われますが、これらは慢性的なCKD管理には通常適していません(特に利尿剤は脱水を助長するリスクあり)。

まとめ

慢性腎臓病(CKD)では、体内のカリウムバランスが崩れやすく、特に猫では**低カリウム血症(HypoK)**が、犬では(特に特定の薬剤使用時に)**高カリウム血症(HyperK)**が見られることがあります。

低カリウム血症は、筋力低下、元気消失、食欲不振、便秘などを引き起こす可能性があり、管理にはカリウムが補給された食事療法や経口カリウム製剤(グルコン酸カリウム、クエン酸カリウム)の投与が行われます。目標値(>4.0 mEq/L)を目指し、定期的なモニタリングが必要です。重度の場合は点滴による補給が必要となります。

高カリウム血症は、CKDの犬や、ACE阻害薬/ARBを使用している動物でより注意が必要です。不整脈など重篤な状態を引き起こすリスクがあります。管理には食事中のカリウム制限や原因薬剤の見直し・慎重なモニタリングが基本です。難治性の場合には経口カリウム降下薬(イオン交換樹脂やジルコニウムシクロケイ酸ナトリウムなど)の使用が検討されますが、獣医学的なデータはまだ限られています。

いずれの電解質異常も、定期的な血液検査によるモニタリングと、個々の状態に合わせた適切な管理が重要です。

(CKDの他の合併症や全体的な管理については、CKD概要記事や他の合併症に関する記事をご参照ください。)

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出典

  • Ettinger's Textbook of Veterinary Internal Medicine, 9th Edition
  • 犬の慢性腎臓病と高K血症への対応 佐藤雅彦先生 講演資料

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