CKDの合併症:貧血とその管理
CKDの合併症:貧血とその管理
この記事は主に『Ettinger's Textbook of Veterinary Internal Medicine, 9th Edition』および関連資料の情報を参考に作成しています。
慢性腎臓病(CKD)が進行すると、多くの犬や猫で貧血が見られるようになります。貧血は、元気消失、食欲不振、運動不耐性(疲れやすい)など、動物の生活の質(QOL)を著しく低下させる可能性があります。この記事では、CKDに伴う貧血の原因、体への影響、そして管理方法について解説します。
1. CKDに伴う貧血とは?
CKDに伴う貧血は、通常、赤血球の生産が低下することによって起こる非再生性貧血(骨髄で新しい赤血球が十分に作られていないタイプの貧血)です。血液検査では、赤血球数やヘマトクリット値(PCV)、ヘモグロビン濃度が低下します。
1.1. どのくらいの頻度で起こるか?
貧血の発生率と重症度は、CKDのIRISステージが進行するにつれて増加します。
- 猫の例: ある研究では、ステージ2で約5%、ステージ3で約18%、ステージ4では半数以上(約53%)の猫が貧血(PCV < 30%)を示しました。
1.2. どんな症状が出るか?
貧血の程度によって症状は異なりますが、一般的に以下のような症状が見られることがあります。
- 元気消失、嗜眠(寝てばかりいる)
- 食欲不振
- 運動不耐性(疲れやすい、動きたがらない)
- 粘膜蒼白(歯茎などが白っぽい)
- 呼吸が速い、心拍数が速い(重度の場合)
2. なぜ貧血になるのか?(原因と病態生理)
CKDで貧血が起こる原因は一つではなく、複数の要因が関与しています。
2.1. 主な原因:エリスロポエチン(EPO)不足
- EPOとは?: エリスロポエチン(EPO)は、主に腎臓の尿細管周囲の間質細胞で作られるホルモンで、骨髄に働きかけて赤血球の産生を促す重要な役割を担っています。
- CKDでのEPO産生低下: CKDが進行し、腎臓の組織が線維化(硬くなる)すると、EPOを産生する細胞が減少し、EPOの産生量が不足します。これがCKDに伴う貧血の最も主要な原因です。
- HIFの関与: EPOの産生は、低酸素誘導因子(HIF)、特にHIF-2という転写因子によって調節されています。CKDではこのHIFの働きも影響を受ける可能性があります。
2.2. その他の要因
- 鉄代謝異常と鉄欠乏:
- 機能性鉄欠乏: CKDに伴う慢性炎症によりヘプシジンという物質が増加します。ヘプシジンは体内の鉄を細胞内に閉じ込めてしまい、赤血球を作るために骨髄で鉄がうまく利用できなくなります。CKD猫では鉄欠乏とヘプシジン高値が報告されています。
- 絶対的鉄欠乏: 消化管からの慢性的な出血(後述)などにより、実際に体内の鉄が不足することもあります。
- 慢性炎症: CKD自体が慢性的な炎症状態であり、炎症性サイトカイン(体内の情報伝達物質)が赤血球の産生を抑制します。
- 消化管出血: 尿毒症による胃腸粘膜の脆弱化や血小板機能異常により、目に見えない程度の慢性的な消化管出血が起こり、鉄欠乏や貧血を助長することがあります。
- 赤血球寿命の短縮: 尿毒症毒素の影響で赤血球が壊れやすくなり、寿命が短くなる可能性があります。
- 栄養不足: 食欲不振によるタンパク質やビタミンB群(特に葉酸、コバラミン)などの不足も、貧血を悪化させる要因となりえます。
- 医原性: 頻繁な採血が貧血の一因となることもあります。
3. 貧血が体に及ぼす悪影響
CKDに伴う中等度〜重度の貧血は、以下のような悪影響を及ぼす可能性があります。
- QOLの低下: 元気消失、食欲不振、脱力感などにより、動物の生活の質を著しく低下させます。
- 心臓への負担増加: 酸素運搬能力を補うために心臓が過剰に働く必要があり、心拍数の増加、心肥大、心不全のリスク上昇、体液貯留などを引き起こす可能性があります。
- CKD進行の悪化?: 貧血による組織への酸素供給不足(低酸素)が、腎臓の線維化や炎症を悪化させ、CKDの進行を早める可能性が指摘されています。
4. 貧血の管理(治療)
CKDに伴う貧血の管理目標は、臨床症状を改善し、輸血の必要性を減らし、QOLを向上させることです。
4.1. 基礎要因の是正
まず、貧血を悪化させている可能性のある要因があれば、それに対処します。
- 消化管出血: 吐血や黒色便(メレナ)が見られる場合や、BUN/Cre比の上昇、鉄欠乏などから消化管出血が疑われる場合は、胃酸分泌抑制薬(PPIなど)の使用を検討します。
- 慢性腎臓病において胃酸過多や胃炎が一般的だという考え方は過去のものになってきています。(下記記事参照)
- 感染症・炎症: 尿路感染症(UTI)や腎盂腎炎、歯周病など、体内に感染や炎症があれば、その治療を行います。
4.2. 鉄剤の補給
- 推奨: 赤血球造血刺激因子製剤(ESA、後述)による治療を開始する際には、鉄の需要が増加するため、鉄剤の補給が推奨されます。機能性鉄欠乏がCKDでは一般的であるため、治療開始時に補給し、その後も数ヶ月ごとに補給を検討します。
- 投与経路:
- 注射(筋肉内): デキストラン鉄(例: 猫 50 mg/頭 IM、犬 10-20 mg/kg IM)が一般的に用いられます。まれにアナフィラキシー反応が起こることがあります。
- 経口: 吸収が悪く、食欲不振を悪化させる可能性があるため、注射が推奨されます。
- 効果: ある研究では、ダルベポエチン治療開始時の鉄剤投与の有無で、貧血改善効果に差はなかったという報告もありますが、一般的にはESA治療の効果を高めるために推奨されます。
4.3. ビタミンB群の補給
赤血球の合成にはビタミンB群も必要です。CKDでどの程度不足しているかは不明ですが、安全性が高いため補給が悪影響を及ぼす可能性は低いと考えられます。ただし、ビタミンB群単独での貧血治療効果は期待できません。
4.4. 輸血
重度の貧血(例: PCV < 15%)や、貧血による臨床症状が著しい場合には、一時的な改善策として輸血が必要になることがあります。
4.5. 赤血球造血刺激因子製剤(ESA)による治療
貧血の原因としてEPO不足が主である場合、ESA製剤の投与が最も効果的な治療法となります。
- ESAとは?: ヒトの遺伝子組換え技術で作られたエリスロポエチン(またはその類縁体)製剤です。
- 種類:
- エポエチン アルファ/ベータ (例: エスポー®, エポジン®): ヒトEPOと同じアミノ酸配列。半減期が短いため、週に複数回の投与が必要。
- ダルベポエチン アルファ (例: ネスプ®): 糖鎖を付加して半減期を長くしたもの。週1回程度の投与で済むことが多い。
- 抗体産生のリスク (PRCA):
- ヒト由来の製剤であるため、犬や猫の体内で抗EPO抗体が作られてしまうリスクがあります。この抗体は、投与されたESAだけでなく、動物自身のEPOにも反応し、赤血球産生を完全に抑制してしまう**赤芽球癆(PRCA)**を引き起こす可能性があります。PRCAになると、輸血依存状態になることが多く、非常に深刻な副作用です。
- エポエチンは、猫で25-30%、犬では50%もの高率で抗体産生が報告されており、PRCAのリスクが高いです。
- ダルベポエチンは、抗原性が低いと考えられており、抗体産生やPRCAのリスクはエポエチンよりもはるかに低いとされています。
- 結論: 現在、犬猫のCKDに伴う貧血治療には、ダルベポエチンが推奨されます。
- 適応
- 進行したCKD(IRISステージIIIおよびIV)で、PCVが持続的に低い場合(例: <20-25%)、かつ貧血による臨床症状(元気消失、食欲不振など)が見られる場合。
- ダルベポエチン投与プロトコル(目安):
- 開始用量: 1 μg/kg を週に1回、皮下投与(SC)。
- 目標PCV: 猫 28-35%、犬 37-42%(正常範囲の下限〜中間程度を目指し、正常高値は避ける)。
- 効果発現: 目標PCVの下限に達するまでには、通常2〜8週間かかります。
- 維持療法: 目標PCVに達したら、投与頻度を2週間に1回に減らします。その後は月1回程度のモニタリングでPCVを目標範囲内に維持できるように、投与頻度(例: 3週間ごと、4週間ごと…最大12週間ごと?)や投与量を調整します。
- モニタリング:
- 初期: 目標PCVに達するまで、毎週、身体検査、PCV、血圧をチェックします。PCVの急激な上昇は避けます。
- 維持期: 状態が安定したら、1〜3ヶ月ごとに再チェックを継続します。
- 治療反応と効果
- 治療に反応すれば、通常2〜8週間で目標PCVに達します。
- 貧血が改善すると、多くの動物で食欲、体重、元気、活動性の向上が見られます。
- ある研究では、ダルベポエチンに反応して目標PCV(25%)に達した猫は、反応しなかった猫よりも有意に生存期間が長かったと報告されています(平均238日 vs 83日)。
- 副作用:
- 高血圧: 最も注意すべき副作用の一つです。貧血改善に伴う末梢血管抵抗の上昇などが原因と考えられています。治療中は定期的な血圧測定が必須です。
- けいれん発作: 高血圧性脳症と関連している可能性があります。
- その他: 多血症(PCVが上がりすぎること)、注射部位反応、嘔吐、関節痛、発熱、鉄欠乏、PRCA(ダルベポエチンでは稀)。
- 治療がうまくいかない場合(反応不良・再発):
- 原因: 投与量不足、投与コンプライアンス不良、消化管出血、鉄欠乏、ビタミンB欠乏、併発感染症/炎症、アルミニウム中毒(まれ)、ACEiによる抑制、骨髄機能不全、抗EPO抗体産生(PRCA)などが考えられます。
- 対応: 用量調整、基礎疾患の治療、鉄剤・ビタミンB補給、薬剤変更などを検討します。PRCAが疑われる場合はESAを中止します。
4.6. 組換え型ネコエリスロポエチン(rcFeEPO)
- 開発: ネコ自身のEPOと同じアミノ酸配列を持つ製剤が開発されています。

- 効果: 臨床試験では、CKD猫の貧血に対して有効性が示されています(投与開始後4〜8週でPCVが目標値に上昇)。
- 課題: しかし、多くの猫で治療開始後12〜38週(中央値14.5週)で治療に反応しなくなり、再び貧血が進行する(抵抗性の発現)ことが報告されています。抗体産生が関与している可能性があり、長期的な有効性には課題が残ります。
4.7. HIF-PH阻害薬(例: モリデュスタット - バレニア-CA™)
- 作用機序: 低酸素誘導因子(HIF)はEPO産生を促しますが、通常はプロリル水酸化酵素(PH)によって分解されます。HIF-PH阻害薬は、このPHを阻害することでHIFを安定化させ、体自身のEPO産生を増加させます。また、鉄の吸収や利用効率を高める効果も期待されます。
- 薬剤: モリデュスタットナトリウム(商品名:バレニア-CA™)が猫のCKDに伴う非再生性貧血の治療薬としてアメリカで承認されています。(日本国内で猫での使用例は少ないです。)
- 期待される利点:
- PRCAのリスクがない: 自身のEPO産生を高めるため、抗体産生によるPRCAのリスクがないと考えられます。
- 鉄利用改善: 鉄代謝にも作用するため、鉄剤の効果を高める可能性があります。
- 投与方法(猫): 5 mg/kg を1日1回経口投与。最大28日間連続投与し、その後7日間休薬。必要に応じてこのサイクルを繰り返します。
- 効果: 臨床試験では、投与されたCKD猫の約半数で投与開始後28日までにヘマトクリット値が4%以上上昇しました。
- 副作用・注意点:
- 嘔吐が最も一般的(40%)。
- 軽度の血圧上昇。
- 血栓症のリスクがESAよりわずかに高い可能性(ヒトのデータ)。癌患者での使用は推奨されません。
- 課題:
- 長期的な有効性・安全性のデータが不足しています。
- ダルベポエチンなど既存のESA治療との直接比較データがありません。
- 費用対効果。
- 位置づけ: 日本腎臓学会のRecommendationでは、HIF-PH阻害薬はESAによる注射治療が困難な場合や効果不十分な場合などに考慮される選択肢とされています。
まとめ
慢性腎臓病(CKD)に伴う貧血は、主に腎臓でのエリスロポエチン(EPO)産生低下によって起こる非再生性貧血であり、動物のQOLを低下させる重要な合併症です。
管理の基本は、消化管出血や感染症などの基礎要因があればそれを治療し、鉄欠乏があれば鉄剤(注射推奨)を補給することです。
貧血が進行し、臨床症状が見られる場合(目安としてPCV < 20-25%)、赤血球造血刺激因子製剤(ESA)による治療が考慮されます。現在、抗体産生リスクの観点からダルベポエチンが推奨されます。治療中は、目標PCV(正常範囲の下限〜中間)を維持するように投与量・頻度を調整し、血圧などの副作用を注意深くモニタリングする必要があります。
近年、猫用にHIF-PH阻害薬(モリデュスタット)も登場し、新たな選択肢となっていますが、長期的なデータはまだ限られています。
適切な貧血管理は、CKDの動物がより長く、より快適な生活を送るために不可欠です。
(CKDの他の合併症や全体的な管理については、CKD概要記事や他の合併症に関する記事をご参照ください。)
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出典
- Ettinger's Textbook of Veterinary Internal Medicine, 9th Edition

- 猫の慢性腎臓病の診断と管理2023 佐藤雅彦先生 講演資料