CKDの合併症:タンパク尿とその管理
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CKDの合併症:タンパク尿とその管理
この記事は主に『Ettinger's Textbook of Veterinary Internal Medicine, 9th Edition』および関連資料の情報を参考に作成しています。
慢性腎臓病(CKD)の管理において、尿中にタンパク質が漏れ出てしまう「タンパク尿」は非常に重要な合併症の一つです。タンパク尿は腎臓病の進行や予後(今後の見通し)と深く関連しており、適切に評価し管理することが求められます。この記事では、CKDにおけるタンパク尿の原因、影響、評価方法、そして管理戦略について解説します。
1. タンパク尿とは?
タンパク尿とは、文字通り尿の中に異常な量のタンパク質が含まれている状態を指します。健康な腎臓では、血液をろ過するフィルター(糸球体)が大きなタンパク質(アルブミンなど)が尿へ漏れ出るのを防ぎ、また、漏れ出た小さなタンパク質は尿細管で再吸収されるため、最終的な尿に含まれるタンパク質はごくわずかです。
CKDでは、このフィルター機能や再吸収機能が障害されることで、タンパク尿が出現します。
2. なぜタンパク尿が起こるのか?(原因)
タンパク尿の原因は、大きく分けて腎臓の前(腎前性)、腎臓自体(腎性)、腎臓の後(腎後性)に分けられます。CKDに関連するのは主に腎性タンパク尿ですが、他の原因を除外することが重要です。
- 腎前性タンパク尿
- 血液中の異常なタンパク質(例: 多発性骨髄腫でのベンス・ジョーンズタンパク、重度の溶血でのヘモグロビン、筋肉融解でのミオグロビン)が腎臓で処理しきれずに尿中に出てくる状態。
- 腎後性タンパク尿
- 腎臓より下流の尿路(腎盂、尿管、膀胱、尿道)での炎症、感染(UTI)、結石、腫瘍、出血などにより、タンパク質が尿に混入する状態。尿沈渣検査や尿培養で評価します。
- 腎性タンパク尿
- 生理的タンパク尿
- 発熱、激しい運動、ストレス、けいれん発作などで一時的に見られる軽度のタンパク尿。通常は持続しません。
- 病理的タンパク尿
- 腎臓自体の構造的・機能的な異常によるもの。
- 生理的タンパク尿
- 糸球体性: 腎臓のフィルター(糸球体)の透過性が亢進し、アルブミンなどの大きなタンパク質が漏れ出てしまう状態。CKDの犬で多く見られる原発性糸球体疾患(免疫複合体性腎炎、アミロイドーシス、糸球体硬化症など)や、糖尿病、クッシング症候群、感染症(フィラリア、レプトスピラ、ライム病など)、腫瘍、免疫介在性疾患などに続発して起こります。UPC(尿タンパク/クレアチニン比)が高値(しばしば >2.0)になる傾向があります。猫では犬ほど多くありませんが、免疫複合体性腎炎などが原因となります。
- 尿細管性: 糸球体を通過した小さなタンパク質を再吸収する尿細管の機能が低下し、尿中にタンパク質が残ってしまう状態。CKD(特に猫で多い尿細管間質性腎炎)や急性腎障害、ファンコーニ症候群などで見られます。通常、UPCは軽度〜中程度の上昇(<2.0)にとどまります。
- 間質性: 腎臓の組織(間質)の炎症によりタンパク質が滲み出る場合。
3. なぜタンパク尿が問題なのか?(影響と予後)
タンパク尿は単なる検査異常ではなく、CKDの進行や予後に悪影響を与える重要な因子です。
- 腎臓へのダメージ: 尿細管細胞は、漏れ出たタンパク質を過剰に再吸収することで負担がかかり、炎症や酸化ストレスを引き起こし、細胞死(アポトーシス)を招く可能性があります。これが尿細管間質病変を悪化させ、CKDの進行を加速させると考えられています。
- 全身への影響: 重度のタンパク尿(特に糸球体性)では、血液中のアルブミンが失われ、低アルブミン血症を引き起こします。これにより、浮腫(むくみ)、腹水、胸水などが生じることがあります。また、血液凝固異常(血栓塞栓症のリスク上昇)や高脂血症を伴うこともあります(ネフローゼ症候群)。
- 予後不良因子: 犬猫ともに、タンパク尿の程度が重いほど、CKDの進行が速く、生存期間が短いことが多くの研究で示されています。
4. タンパク尿の評価
タンパク尿の評価には、尿検査が不可欠です。
- 尿試験紙: スクリーニングとして有用ですが、偽陽性(特に猫のアルカリ尿)や偽陰性があるため、確定診断には使えません。
- 尿タンパク/クレアチニン比 (UPC): 尿中のタンパク質濃度を、同時に測定した尿中クレアチニン濃度で補正した値です。尿の濃さの影響を受けにくく、タンパク尿の程度を客観的に評価するためのゴールドスタンダードです。
- 評価の注意点
- 持続性の確認: 生理的なタンパク尿を除外するため、少なくとも2週間以上の間隔をおいて2〜3回測定し、持続的に異常値を示すか確認します。
- 腎後性・腎前性の除外: 尿沈渣検査や尿培養で尿路感染症や炎症、出血がないか(活動性沈渣がないか)を確認します。また、血液検査などで腎前性の原因を除外します。
- 測定タイミング: 採尿時間による大きな変動はないとされますが、可能であれば毎回同じような条件下で採尿するのが望ましいです。自宅採尿は病院採尿よりUPCが低くなる傾向があります。
5. タンパク尿の管理目標
- IRISガイドラインによる分類:
- 非タンパク尿 (NP): 犬 < 0.2, 猫 < 0.2
- ボーダーラインタンパク尿 (BP): 犬 0.2-0.5, 猫 0.2-0.4
- タンパク尿 (P): 犬 > 0.5, 猫 > 0.4
- 治療目標:
- IRISガイドラインでは、犬でUPC > 0.5、猫でUPC > 0.4を持続する場合は治療対象となります。
- 治療による具体的な目標値としては、正常範囲(NP)を目指すのが理想ですが、特に重度のタンパク尿では困難な場合もあります。
- 犬の糸球体疾患に関するACVIMコンセンサスステートメント(2013)では、ベースラインからのUPCの50%以上の低下も治療反応の指標とされています。可能な限りのUPC低下を目指します。
6. タンパク尿の管理戦略
持続的な腎性タンパク尿が確認された場合の管理戦略です。
6.1. 基礎疾患の治療
二次的な腎性タンパク尿の原因となる全身性疾患(感染症、内分泌疾患、腫瘍など)が見つかった場合は、まずその基礎疾患の治療を優先します。これによりタンパク尿が改善することがあります。
6.2. RAAS遮断薬(ACE阻害薬 / ARB)
腎保護効果と抗タンパク尿効果を期待して、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系(RAAS)を抑制する薬が標準治療として用いられます。
- 作用機序: 主に腎臓の輸出細動脈を拡張させることで、糸球体内の圧力を下げ、タンパク質の漏出を減少させます。
- 適応:
- 犬: UPC > 0.5 が持続する場合
- 猫: UPC > 0.4 が持続する場合
- 薬剤選択:
- ACE阻害薬 (ACEi): ベナゼプリル、エナラプリルなど。(例: ベナゼプリル 0.25-0.5 mg/kg 1日1回)
- アンジオテンシン受容体拮抗薬 (ARB): テルミサルタンなど。(例: 1 mg/kg 1日1回)
- 使い分け・効果:
- 犬では、テルミサルタンの方がエナラプリルよりも早期に、より強くUPCを低下させるという報告があり、第一選択とされることが増えています。
- 猫でも、テルミサルタンの方がベナゼプリルよりもUPC低下効果が高い傾向がありますが、副作用の頻度は同程度(<5%)と報告されています。
- 効果と限界: これらの薬剤は多くの症例でUPCを低下させますが、それ自体がCKDの進行を抑制したり、生存期間を延長したりするという明確なエビデンスはまだ限定的です(特に猫のACEi)。しかし、タンパク尿自体が腎臓に悪影響を与えるため、そのコントロールは重要と考えられています。
- モニタリング: ACEiやARBは腎血流を変化させるため、治療開始後や用量変更後は、腎機能(BUN, Cre)と電解質(特にカリウム)、血圧を注意深くモニタリングする必要があります。(詳細は「カリウムバランス異常」「高血圧」参照)
- 脱水時には開始しない、あるいは一時中断します。
- 腎機能の悪化や高カリウム血症が見られた場合は、減量や中止を検討します。
6.3. 食事療法
- 腎臓病用療法食: IRISガイドラインでは、タンパク尿のあるCKD動物に対しても腎臓病用療法食が推奨されています。
- タンパク質制限: 腎臓病用療法食は通常、タンパク質が調整されています。タンパク質制限自体がタンパク尿を直接減らす効果は明確ではありませんが、尿毒症管理やリン制限の観点から有益と考えられます。
- オメガ3脂肪酸: 腎臓病用療法食には抗炎症作用を期待してオメガ3脂肪酸が強化されていることが多いです。
- ナトリウム制限: 高血圧管理の観点から、過剰なナトリウム摂取は避けるべきですが、厳格な制限の有効性は不明です。
6.4. 高血圧の管理
高血圧はタンパク尿を悪化させるため、併発している場合は降圧治療が不可欠です。(詳細は「高血圧とその管理」参照)
6.5. 抗血栓療法
特に重度のタンパク尿(例:UPC > 2.0)や低アルブミン血症を伴う糸球体疾患では、血栓塞栓症のリスクが高まります。そのため、抗血栓薬(例:クロピドグレルなど)の投与が推奨されることがあります。
7. 腎生検
腎生検は、腎臓の組織を採取して病理学的に評価する検査です。
- 目的:
- タンパク尿の原因となっている腎臓病の種類を特定する(例:免疫複合体性糸球体腎炎、アミロイドーシス、糸球体硬化症など)。
- 治療方針の決定(例:免疫抑制療法の適応判断)。
- 予後の予測。
- 適応(考慮される場合):
- 重度(例:UPC > 3.5)または持続的なタンパク尿。
- 標準的な治療(RAAS遮断薬など)に反応しないタンパク尿。
- 免疫介在性糸球体腎炎が疑われる場合。
- 若齢での発症や遺伝性疾患が疑われる場合。
- 禁忌・注意点:
- コントロールされていない重度の高血圧。
- 出血傾向。
- 進行した末期腎不全。
- 非常に小さい動物(<5kg)。
- 手技: 通常、麻酔下で超音波ガイド下に経皮的に行われます。
まとめ
慢性腎臓病(CKD)におけるタンパク尿は、腎臓へのダメージを進行させ、予後にも影響する重要な合併症です。
評価には、持続性を確認した上でのUPC(尿タンパク/クレアチニン比)測定が基本となり、腎前性・腎後性の原因を除外することが重要です。
管理の基本は、可能であれば基礎疾患の治療、そしてRAAS遮断薬(ACE阻害薬またはARB、特にテルミサルタンが近年注目されています)による糸球体内圧のコントロールです。併せて、腎臓病用食事療法や高血圧の管理も行われます。重度のタンパク尿では抗血栓療法も考慮されます。
治療目標はUPCを正常範囲に近づけることですが、ベースラインからの50%以上の低下も重要な指標となります。治療中は腎機能、電解質、血圧のモニタリングが不可欠です。原因特定や治療方針決定のために腎生検が考慮されることもあります。
(CKDの他の合併症や全体的な管理については、CKD概要記事や他の合併症に関する記事をご参照ください。)
- CKD概要・原因・ステージ分類・管理方針・モニタリング・予後
- 骨とミネラルの異常:CKD-MBDとその管理
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- 水分バランス異常・便秘とその管理
- カリウム(K)バランス異常とその管理
- 高血圧とその管理
- タンパク尿とその管理
- 貧血とその管理
- 代謝性アシドーシスとその管理
出典
- Ettinger's Textbook of Veterinary Internal Medicine, 9th Edition

- ACVIM consensus statement: Guidelines for the identification, evaluation, and management of systemic hypertension in dogs and cats
- 蛋白尿の診断アプローチ 佐藤雅彦先生 講演資料
- 犬の慢性腎臓病と高K血症への対応 佐藤雅彦先生 講演資料
- 猫の慢性腎臓病の診断と管理2023 佐藤雅彦先生 講演資料
- 「全身性高血圧」 竹村 直行先生 講演資料