CKDの合併症:高血圧とその管理

CKDの合併症:高血圧とその管理

この記事は主に『Ettinger's Textbook of Veterinary Internal Medicine, 9th Edition』およびACVIMコンセンサスステートメント、関連資料の情報を参考に作成しています。

慢性腎臓病(CKD)の犬や猫では、全身性の高血圧がよく見られる合併症の一つです。高血圧は「静かなる殺し屋」とも呼ばれ、症状がないまま進行し、腎臓自体を含む様々な臓器(標的臓器)に悪影響を及ぼす可能性があるため、早期に発見し、適切に管理することが非常に重要です。この記事では、CKDに伴う高血圧の影響、診断、そして治療とモニタリングについて、最新のガイドラインを基に解説します。

1. なぜ高血圧が問題なのか?(臨床的影響と標的臓器障害)

CKDに伴う高血圧を放置すると、体に様々な深刻な悪影響(標的臓器障害 - Target Organ Damage: TOD)を及ぼす可能性があります。

  • 腎臓への影響: 腎臓(特に糸球体)への血流圧が上がることで腎臓への負担が増し、タンパク尿の悪化CKDの進行を早める可能性があります。
  • 眼への影響(高血圧性眼症): 最も標的臓器障害が起こりやすい部位の一つです。
    • 網膜の血管異常(蛇行、出血)
    • 眼の中への出血(前房出血)
    • 網膜剥離による突然の失明(猫で特に多い)
    • その他(乳頭浮腫、緑内障、網膜変性など)
  • 脳への影響(高血圧性脳症):
    • けいれん発作
    • 意識障害、元気消失
    • 行動変化、旋回運動
    • 前庭障害(眼振、斜頸など)
    • 脳血管障害(脳卒中、脳出血など)
  • 心臓・血管への影響:
    • 心臓が常に高い圧力に逆らって血液を送り出す必要があり、心臓の筋肉が厚くなる(左心室肥大)など負担がかかります。
    • 心雑音やギャロップ音(過剰心音)が聴取されることがあります。
    • まれに大動脈瘤や大動脈解離が報告されています。
  • その他: 鼻出血などがみられることもありますが、高血圧が直接的な原因であることは稀です。

これらのリスクがあるため、CKDの動物では定期的な血圧測定と、必要に応じた治療が推奨されます。高血圧自体が生命予後を悪化させる可能性も指摘されています。

2. 高血圧の診断(チェックと評価)

2.1. 検査の推奨(ACVIMガイドライン)

  • 高血圧関連のTODが疑われる場合: 眼や神経系の異常、原因不明の左室肥大、タンパク尿などが見られる場合は、必ず血圧を測定します。
  • 高血圧を引き起こす疾患がある場合: CKD、甲状腺機能亢進症(猫)、副腎皮質機能亢進症(犬)、褐色細胞腫、原発性アルドステロン症などの疾患を持つ動物は定期的な血圧測定が必要です。
  • 高血圧を引き起こす可能性のある薬剤・中毒: 特定の薬剤(グルココルチコイド、ミネラルコルチコイド、エリスロポエチン製剤、フェニルプロパノールアミンなど)を使用している場合や、中毒が疑われる場合。
  • 定期的なスクリーニング: 上記に当てはまらなくても、犬猫ともに9歳以上では、少なくとも年に1回の血圧測定が推奨されます。

2.2. 血圧測定の注意点(ACVIMガイドライン準拠)

正確な血圧測定のためには、標準化された手順に従うことが極めて重要です。

  • 測定環境: 他の動物から離れた、静かで落ち着ける部屋で行います。
  • 飼い主の同席: 可能な限り飼い主さんに同席してもらい、動物を安心させます。
  • 馴致時間: 測定前に5〜10分程度、環境に慣れる時間を設けます。
  • 体勢: 動物がリラックスできる体勢(腹臥位や側臥位が理想)で測定します。心臓とカフの高さを合わせます(10cm違うごとに約8mmHgの誤差)。
  • 測定者: 訓練を受け、動物の扱いに慣れた人が担当します(必ずしも獣医師である必要はありません)。
  • カフの選択と装着:
  • 装着部位(前腕、上腕、下腿、尾など)の円周の30〜40%の幅のカフを選びます。幅が狭すぎると高く、広すぎると低く測定されます。
  • 毎回同じ部位、同じサイズのカフを使用し記録します。
  • 測定手順:
  • 動物が落ち着いて動かない状態で測定します。
  • 最初の測定値は棄却(慣らしのため)。
  • 5〜7回測定し、変動が少なく安定した測定値(最高値と最低値の差が20%以内)の平均値を記録します。
  • 測定中に血圧が下がり続ける場合は、安定するまで測定を続け、安定後の5〜7回の平均値をとります。逆に上がり続ける場合は、状況を考慮して解釈します。
  • 記録: 測定者、日時、動物の状態(鎮静の有無、FASスコアなど)、使用機器、カフのサイズと装着部位、得られた測定値(棄却したものも含む)、平均値、獣医師による解釈を記録します。
  • 機器: 動物用に検証された機器(ドップラー法またはオシロメトリック法)を使用します。機器の精度は定期的に確認します。

2.3. 状況性高血圧(白衣高血圧)

動物病院では緊張により一時的に血圧が上がることがあります。これを状況性高血圧と呼び、治療の対象にはなりません。診断には、複数回の来院で測定し、持続的な高血圧があるかを確認することが不可欠です。

2.4. IRIS/ACVIMによる血圧リスク分類

測定された収縮期血圧(SBP)に基づき、標的臓器障害(TOD)のリスクを分類します。

リスク分類収縮期血圧 (mmHg)標的臓器障害のリスク
正常血圧<140最小
前高血圧140 - 159
高血圧160 - 179中程度
重度高血圧≥180

3. いつ治療を始めるか?(治療開始の目安)

ACVIMガイドラインに基づき、以下のフローで判断します。

  1. TODの有無を確認: 眼、脳、心臓、腎臓などに高血圧による障害(TOD)の兆候があるか?
  • TODがあれば: 血圧値に関わらず直ちに治療を開始し、基礎疾患(CKDなど)の精査・治療も行います。
  1. TODがない場合: 持続的な血圧上昇を確認します。
  • 収縮期血圧 <160 mmHg: 治療不要。3〜6ヶ月後に再評価。
  • 収縮期血圧 160-179 mmHg: 8週間以内に2回以上再測定し、持続的にこの範囲であれば治療を推奨。基礎疾患の精査も行います。
  • 収縮期血圧 ≥180 mmHg: 1〜2週間以内に2回以上再測定し、持続的にこの範囲であれば治療を推奨。基礎疾患の精査も行います。

4. 高血圧の治療

4.1. 治療目標

  • 最低目標: 収縮期血圧(SBP)を 160 mmHg 未満に下げる。
  • 至適目標: 可能であれば SBP を 140 mmHg 未満に下げる。
  • 注意点: 眼や神経に重篤な合併症が出ている緊急時を除き、急激に血圧を下げることは避けます。数週間かけて徐々に目標値を目指します。血圧が120 mmHg未満になり、ふらつきなどの低血圧症状が見られる場合は、降圧薬を減量します。

4.2. 治療薬の選択(猫と犬の違い)

基礎疾患(CKD、甲状腺機能亢進症など)の治療と並行して、降圧薬による治療を行います。

4.2.1. 猫の場合

  • 第一選択薬:
  • アムロジピン(Caチャネル遮断薬): 非常に効果的で、単剤でコントロールできることが多いです。開始用量は通常 0.625 mg/頭/日ですが、SBP ≥180 mmHgの場合は 1.25 mg/頭/日から開始することも考慮されます。最大 0.25-0.5 mg/kg/日まで増量可能。
  • テルミサルタン(ARB): アムロジピンと同等の効果が期待されます。特にタンパク尿を伴う場合に有用です。(用量例: 1-3 mg/kg/日
  • 併用療法: 単剤で効果不十分な場合は、アムロジピンとテルミサルタン(またはACE阻害薬)を併用します。
  • ACE阻害薬(ACEi; 例: ベナゼプリル): 単独での降圧効果は限定的です。
  • β遮断薬(例: アテノロール): 高血圧治療の第一選択にはなりませんが、頻脈(甲状腺機能亢進症など)を伴う場合に補助的に使用されることがあります。
  • 注意点: アムロジピンはRAASを活性化させる可能性があるため、理論的にはRAAS阻害薬との併用が望ましいという意見もあります。副作用は稀ですが、歯肉過形成などが報告されています。

4.2.2. 犬の場合

  • 第一選択薬(考え方):
  • CKDに伴う高血圧では、タンパク尿を合併していることが多いため、RAASを抑制する**ACE阻害薬(ACEi)またはアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)**が第一選択薬として推奨されます。
  • ACEi: エナラプリル、ベナゼプリルなど (例: 0.5-2.0 mg/kg 1日1-2回)
  • ARB: テルミサルタン (例: 1 mg/kg 1日1回)
  • 組み合わせ療法:
  • 犬では単剤でコントロールできないことが多く、ACEi/ARBで効果不十分な場合は、アムロジピン(例: 0.1-0.5 mg/kg 1日1回)を追加します。
  • 重度の高血圧(SBP ≥180 mmHg、特にTODあり)の場合は、最初からACEi/ARBとアムロジピンの併用を考慮します。
  • それでも効果不十分な場合は、他の降圧薬(ヒドララジン、β遮断薬、利尿薬など)の追加を検討しますが、CKDでは脱水や腎機能悪化のリスクがあるため、利尿薬の使用は慎重に行います。
  • 注意点: アムロジピンの犬での副作用として歯肉過形成が報告されています。

4.3. 食事療法

  • ナトリウム制限: ヒトでは推奨されますが、犬猫ではその効果は議論があり、明確な推奨はありません。ただし、高ナトリウム食は避けるべきです。食事選択は、CKD自体の管理(リン制限、タンパク質調整など)を優先します。

5. 治療中のモニタリング

降圧治療中は、効果と副作用を確認するために定期的なモニタリングが必要です。

5.1. 血圧(BP)の再チェック

  • 治療開始/変更後:
  • 7~10日以内に血圧を再評価し、目標値(<160 mmHg、理想は<140 mmHg)に達していなければ用量を調整(増量または薬剤追加)します。
  • 目標値に達していれば、4〜6ヶ月ごとに再評価します。
  • TODがある場合や重症例: 1~3日以内など、より頻繁なチェックが必要です。

5.2. 腎機能と電解質のチェック

  • 重要性: 特にACEiやARBを使用する場合、腎機能(BUN, Cre)の悪化や高カリウム血症のリスクがあるため、血圧と同時にこれらの項目もチェックします。
  • モニタリング頻度(目安):
  • CKDステージ1&2: 投与開始/変更後1~2週間以内
  • CKDステージ3&4: 投与開始/変更後3~5日以内
  • 対応: 腎機能の明らかな悪化(例: Creがベースラインから30%以上(Stage1&2) / 10%以上(Stage3&4)上昇)や、重度の高カリウム血症(例: >6.5 mEq/L)が見られた場合は、減量または中止を検討します。
  • 注意点: 脱水状態でのACEi/ARB開始は避けます。状態が不安定な場合やCKD末期ではアムロジピンがより安全な場合があります。

6. 高血圧緊急症

著しい血圧上昇(例: SBP ≥180 mmHg)に加えて、急性で進行性の標的臓器障害(TOD)(例: 急性失明、神経症状、うっ血性心不全など)が見られる場合は、高血圧緊急症として迅速かつ積極的な治療が必要です。

  • 治療目標: 急激な血圧正常化は避け、最初の1時間で10%、その後数時間でさらに15%程度の段階的な降圧を目指します(脳や腎臓の虚血を防ぐため)。
  • 治療法: 通常、入院下での持続点滴による降圧薬投与(例: ニカルジピン、フェノルドパム、ニトロプルシドなど)が必要となります。経口薬では水和状態を確認の上、アムロジピンやヒドララジンなどが用いられることもあります。専門的な管理が必要なため、対応可能な施設での治療が推奨されます。

まとめ

慢性腎臓病(CKD)における高血圧は、放置すると腎臓自体や眼、心臓、脳などに深刻なダメージを与える可能性がある重要な合併症です。

CKDと診断された場合や、高齢の動物では定期的な血圧測定が推奨されます。持続的な高血圧(収縮期血圧 >160 mmHg)や標的臓器障害が確認された場合は、治療を開始します。

治療目標は通常、収縮期血圧を150 mmHg未満(理想は140 mmHg未満)に維持することです。治療薬は動物種や併発疾患(特にタンパク尿)を考慮して選択され、猫ではアムロジピンやテルミサルタン、犬ではACE阻害薬やARBとアムロジピンなどの組み合わせが一般的です。

治療中は、血圧だけでなく腎機能や電解質も定期的にモニタリングし、個々の状態に合わせて治療を調整していくことが、安全かつ効果的な管理のために不可欠です。急性で重篤な標的臓器障害を伴う場合は、高血圧緊急症として迅速な対応が求められます。

(CKDの他の合併症や全体的な管理については、CKD概要記事や他の合併症に関する記事をご参照ください。)

出典

  • Ettinger's Textbook of Veterinary Internal Medicine, 9th Edition
  • ACVIM consensus statement: Guidelines for the identification, evaluation, and management of systemic hypertension in dogs and cats 
  • 「全身性高血圧」 竹村 直行先生 講演資料 
  • 犬の慢性腎臓病と高K血症への対応 佐藤雅彦先生 講演資料 

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