CKDの合併症:水分バランス異常(脱水)・便秘とその管理

CKDの合併症:水分バランス異常(脱水)・便秘とその管理

この記事は主に『Ettinger's Textbook of Veterinary Internal Medicine, 9th Edition』および関連資料の情報を参考に作成しています。

慢性腎臓病(CKD)は、腎臓の様々な機能低下を引き起こしますが、特に体内の「水分バランス」の調節能力(脱水)と、それに伴う「便秘」は、多くの犬や猫、そして飼い主さんを悩ませる問題です。この記事では、CKDにおける水分バランスの異常(多飲多尿と脱水)と便秘について、その原因と管理方法を解説します。

1. CKDと水分バランス:多飲多尿と脱水

CKDの動物では、体内の水分バランスを維持する能力が低下します。

1.1. よく見られる症状:多飲多尿 (PU/PD)

  • 尿を濃縮する能力の低下: 腎臓の病気が進行すると、尿を濃くする(水分を体に再吸収する)能力が失われていきます。
  • 症状: その結果、薄い尿をたくさんするようになり(多尿)、失われた水分を補うために水をたくさん飲むようになります(多飲)。
  • 初期症状: この多飲多尿 (PU/PD) は、CKDの最も初期に見られ、かつ最も一般的な臨床症状の一つです。
  • 尿比重(USG):
    • CKDの猫では、尿比重(尿の濃さを示す指標)は通常 1.035 未満になります。
    • ただし、特にCKDの初期段階では、尿を濃縮する能力がまだ残っていて、USGが 1.035 より高い猫もいます。

多飲多尿は慢性腎臓病以外の病気でもみられます。多飲多尿についてまとめた記事は以下を参照してください。

犬と猫の多飲多尿(PUPD) まとめ

目次犬と猫の多飲多尿(PUPD) まとめ疾患概要と定義原因とメカニズムA. 原発性多尿(尿濃縮能の低下)抗利尿ホルモン(ADH/AVP)関連浸透圧利尿腎髄質浸透圧勾配の消失 (Me…

1.2. なぜ尿が薄くなるのか?(病態生理)

尿を濃縮する能力が低下する原因は、主に以下の3つです。

  1. 溶質利尿: 働いている腎臓の組織(ネフロン)が減るため、残ったネフロン一つあたりが処理しなければならない老廃物(溶質)の量が増えます。これにより、尿と一緒に水分が多く排泄されてしまいます。
  2. 腎髄質の構造破壊: 尿を濃縮するために重要な腎臓の内部構造(腎髄質)や仕組み(対向流増幅系)が壊れてしまうため。
  3. ADHへの反応低下: 尿の濃縮を指令するホルモン(抗利尿ホルモン, ADH)に対する腎臓の反応が悪くなるため。

1.3. 脱水のリスクとその影響

  • 脱水のリスク: 尿として水分が多く失われる一方、水を飲む量が追いつかないと、脱水状態に陥りやすくなります。
  • 脱水の症状: 脱水はCKDでよく見られる合併症であり、以下のような問題を引き起こす可能性があります。
    • 食欲不振
    • 元気消失(嗜眠)
    • 脱力
    • 便秘
    • 尿毒症クリーゼ(急激な悪化)への感受性増加
  • その他の悪影響:
    • 結石ができやすくなる
    • 尿路感染症(UTI)が悪化しやすくなる
    • 体内で腎臓に悪影響を与える反応(レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系[RAAS]の活性化、慢性的なADH分泌増加、腎臓への血流低下による低酸素)を引き起こす可能性がある。
  • 猫における感受性: CKDの猫は、代償的に水を飲む量が十分でないことがあり、慢性的な脱水に対して特に弱い(感受性が高い)ようです。
  • 脱水の誘因: 良質な飲み水が十分にない、他の病気(併存疾患)、嘔吐や下痢、環境の変化やストレスなども、水分摂取を妨げたり水分喪失を増やしたりして、脱水の原因となります。
  • 飼い主への注意喚起: これらの要因がCKDのペットに深刻な影響を与え、脱水を助長し、尿毒症クリーゼを引き起こす可能性があることを、飼い主さんに理解してもらう必要があります。

1.4. 水分バランスの管理:脱水を防ぐために

1.4.1. 脱水状態の評価

  • 身体検査: 口の粘膜の乾燥や皮膚の弾力低下は脱水の一般的なサインですが、誤解を招く可能性もあります。
    • 口内乾燥症: 尿毒症自体が原因で口が乾くことがあります。
    • 皮膚弾力低下: 体重減少、加齢、栄養不良などでも皮膚の弾力は失われます。
  • 総合的な評価: そのため、水分補給状態の評価は、身体検査所見だけでなく、血液検査での濃縮所見(赤血球やタンパク質濃度の上昇など)や便の状態などを組み合わせて総合的に行う必要があります。

1.4.2. 水分摂取量を増やす工夫

脱水を是正・予防することは、ADH分泌を減らし、RAASを抑制し、腎臓への血流を最適化することで、腎臓に良い影響を与える可能性があります。ヒトでは、意識的な水分摂取がCKDの進行を遅らせる効果も報告されています。

  • 食事からの水分摂取:
    • ウェットフード: ドライタイプのフードの代わりに缶詰やパウチなどのウェットフードを与える。
    • フードに加水: ドライタイプのフードに水を加えて与える。
  • 飲水環境:
    • 新鮮な水: 常に新鮮な水を飲めるようにする。
    • アクセスしやすい場所: 水飲み場を複数設置するなど、動物が水を飲みやすい環境を整える。
  • 直接的な水分補給:
    • 経口/経管: 可能であれば、自由水(ただの水)を経口または経管栄養チューブで補給するのが、後述の皮下輸液に含まれるナトリウム(Na)負荷を避けられるため好ましいです。

1.4.3. 皮下輸液 によるサポート

  • 目的: 自宅で定期的に皮下に水分(電解質溶液)を補給する方法です。
  • 期待される効果(逸話的): 経験的には、食欲、活動性、生活の質(QOL)を改善し、便秘の発生率を減らすのに役立つとされています。
  • 必要性の判断:
    • 皮下輸液は飼い主さんにとって有用なツールですが、全てのCKD動物に必要、あるいは可能とは限りません
    • 推奨はケースバイケースで行うべきです。
    • では多くのケースで有益なようですが、では猫ほど必要とされることは少ないです。
  • 皮下輸液が適している場合(候補):
    • 主観的に効果が見られる猫(元気が出る、食欲が出るなど)。
    • 便秘など、慢性的な脱水による合併症を起こしやすい猫。
    • 輸液の処置自体がQOLを著しく損なわない猫。
  • 実施とモニタリング:
    • 投与量/頻度(目安): IRISステージや臨床的な必要性に応じて、75〜150 mL1〜3日ごとに皮下投与します。
    • 飼い主への指導: 適切な指導を受ければ、多くの飼い主さんは自宅での皮下輸液を実行可能であり、動物も許容できることを見出します。
  • 考えられる不利益:
    • 動物と飼い主さんの絆へのストレス
    • 輸液に含まれるナトリウム(Na)がRAASに与える影響(不明な点が多い)。
  • 効果の評価: 長期的に皮下輸液を行う場合は、水分補給状態、臨床症状、血圧(BP)、腎機能、場合によっては電解質値などを頻繁にチェックし、効果を評価する必要があります。
  • 継続の判断: 輸液を行っても臨床症状や腎機能に明らかな改善が見られない場合は、長期的な必要性を再評価する必要があります。

2. CKDと便秘

便秘 (Constipation) は、CKD、特ににおいてよく見られる合併症の一つです。完全に排便できない重度の状態は 重度便秘 (Obstipation) と呼ばれます。

2.1. なぜ便秘になりやすいのか?

  • 主な原因: CKDによる脱水状態を補うために、大腸で水分が過剰に再吸収されてしまい、便が硬く、出にくくなることが主な原因と考えられています。
  • その他の要因:
    • 低カリウム血症 (HypoK): 血液中のカリウムが低いと、腸の動きが悪くなることがあります。
    • リン吸着剤: 一部のリン吸着剤(例:水酸化アルミニウム)は副作用として便秘を引き起こす可能性があります。
      • 高リン血症などの骨ミネラル代謝異常については以下の記事を参照してください。
CKDの合併症:骨とミネラルの異常(CKD-MBD)とその管理

目次CKDの合併症:骨とミネラルの異常(CKD-MBD)とその管理1. CKDと骨・ミネラルの関係:CKD-MBDとは?1.1. CKD-MBDの概要1.2. CKD初期:リン(PO₄)の貯留と体の反応1.2…

  • 特発性巨大結腸症: 猫では原因不明で結腸の機能が悪くなり、拡張してしまう病態が便秘の背景にあることもあります(CKDがこれを悪化させる可能性も)。

2.2. 便秘の評価:確認すべきこと

便秘が疑われるCKDの動物を評価する際には、以下の点が重要です。

  • 問診(飼い主さんからの情報):
    • 排便の頻度: 何日に1回くらい便が出ているか。
    • 排便時の様子: 排便に時間がかかるか、苦しそうにしていないか(しぶり、テネスムス)、排便と関連して嘔吐はないか。
    • 便の性状: 硬さ、量など。
  • 身体検査:
    • 水分補給状態の評価: 脱水していないかを確認・記録することが非常に重要です。
    • 直腸検査・腹部触診: お腹を触って、結腸に硬い便が溜まっていないかを確認します。重症の場合は大量の硬い便が触れることもあります。(鎮静下で行うことも)
    • 神経学的検査: 排便に関わる神経系の異常がないか。
  • その他の要因の評価:
    • 変形性関節症: CKDの動物は高齢なことが多いため、関節炎がないか評価することも役立ちます。関節が痛いと、排便時の姿勢をとるのが困難になるためです。
    • 骨盤腔の評価: レントゲン検査で、骨盤が狭くなっていないかなども確認します。
  • 画像検査:
    • レントゲン検査: 結腸内の便の貯留程度や、結腸の拡張度合いを評価します。(猫では結腸最大径 / 第5腰椎(L5)の長さ が 1.5倍以上で巨大結腸症を疑うという報告も)

2.3. 便秘の管理:対処法

2.3.1. まず行うべきこと

便秘のあるCKD動物に対しては、まず以下の点を是正することが基本です。

  1. 水分補給: 脱水状態を改善します。(前述の「水分バランスの管理」参照)脱水したまま緩下剤を使用すると、さらに脱水を悪化させる可能性があるので注意が必要です。
  2. 低カリウム血症(HypoK)の是正: 血液中のカリウム濃度を正常に戻します。(詳細は別記事「CKDの合併症:カリウム(K)バランス異常とその管理」参照)
    • カリウム(K)補給: 便秘のある動物では、血清カリウム濃度を >4 mEq/L (>4 mmol/L) に維持することが有益な場合があります。
  3. 重度の場合(摘便・浣腸): 自力排便が不可能な重度便秘(Obstipation)や、大量の硬い便が貯留している場合は、麻酔下での用手摘便浣腸(微温湯など 5-10mL/kg)が必要になることがあります。

2.3.2. 食事療法と繊維

  • 繊維の種類: 食物繊維には水に溶ける可溶性繊維と溶けない不溶性繊維があります。
    • 可溶性繊維(サイリウムなど): 水を吸収してゲル状になり、便を柔らかくしたり、逆に緩い便をまとめたりする効果が期待できます。腸内細菌によって発酵されにくいタイプ(例:サイリウム)は、結腸まで届きやすいとされます。

サイリウムについてはこちらのモリケンショウの商品が獣医系の雑誌に載っていたり、セミナーでも紹介されていることが多いのでこちらを利用しています。下痢が続く症例に処方することもあります。

  • 不溶性繊維(セルロースなど): 腸を刺激して蠕動運動を促す効果がありますが、便のカサを増すため、重度の便秘(Obstipation)では避けるべきとされます。
  • 食事の選択:
    • 便秘 (Constipation) の場合: 可溶性繊維が強化された食事(例:ロイヤルカナン 消化器サポート 可溶性繊維)や、既存の食事へのサイリウム(オオバコ)のトッピング(少量から開始し、1日250-500mg/猫 程度を目安に調整)が有効な場合があります。
    • 重度便秘 (Obstipation) の場合: 繊維の少ない高消化性食事(消化器疾患用など)の方が適している場合があります。
  • 研究例: サイリウム強化食を与えた便秘猫(特発性便秘や巨大結腸症)で、排便状況や便の硬さが改善し、下剤(ラクツロース)や消化管運動促進薬(シサプリド)を休薬できたという報告があります。

2.3.3. 便を柔らかくする薬(緩下剤)

脱水と低カリウム血症を是正し、食事療法を行っても便秘が改善しない場合は、経口の浸透圧性便軟化剤を使用します。刺激性下剤(センナなど)は耐性や副作用のリスクから、通常は第一選択となりません。

  • 作用: 腸の中に水分を引き込み、便を柔らかくします。
  • 注意点: 全身の脱水を悪化させる可能性があるため、水分補給が十分に行われていることが前提です。
  • 薬剤例:
    • ポリエチレングリコール3350 (PEG; Miralax®, モビコール®など):
      • ヒトの慢性便秘症で広く使われ、有効性が示されています。
      • 猫での有効性は厳密には評価されていませんが、一般的に処方されています(例: 小さじ1/8~1/4杯 を1日1~2回、食事に混ぜるなど)。
      • ラクツロースと比べて、ガスの発生(鼓腸)が起こりにくいとされ、無味無臭の粉末で比較的投与しやすいです。
    • ラクツロース:
      • 古くから使われている浸透圧性下剤。腸内細菌により分解され、浸透圧を高めるとともに腸内を酸性化します。
      • 副作用として鼓腸や下痢が見られることがあります。
    • 酸化マグネシウム:
      • 塩類下剤。比較的安全ですが、長期投与、特にCKD患者では高マグネシウム血症のリスクがあるため注意が必要です。

2.3.4. 腸の動きを助ける薬(消化管運動促進薬)

便軟化剤でも効果が不十分な場合、結腸の動き自体を刺激する薬の使用を検討します。

  • 薬剤例:
    • シサプリド: セロトニン(5-HT₄)作動薬。猫の便秘に効果が示唆されています。(例: 1 mg/kg を1日3回経口投与)
    • モサプリド: セロトニン(5-HT₄)作動薬。猫の便秘への有効性が示唆されています。(例: 0.5-2 mg/kg 1日2回経口投与)
    • プルカロプリド: セロトニン(5-HT₄)作動薬。ヒトの慢性便秘症で使われます。猫での有効性も示唆されています。(例: 0.05-0.5 mg/kg 1日2回経口投与)
  • 注意点: CKDの犬や猫で、結腸自体の運動性がどの程度低下しているかは、まだ十分に評価されていません。

2.3.5. プロバイオティクス

  • 考え方: 腸内細菌叢のバランスを整えることが、便秘改善に繋がる可能性があります。ヒトの慢性便秘症では有効性を示す報告があります。
  • 研究例(猫): 特定のプロバイオティクス製剤(SLAB51; サイボミックス®の基になったもの)を治療抵抗性の便秘猫に投与したところ、便秘スコアが改善し、結腸の炎症軽減やカハール間質細胞(腸の運動に関わる細胞)の増加が見られたというパイロット研究があります。
  • 使用: 効果はまだ確定的ではありませんが、副作用のリスクは低いため、試してみる価値はあるかもしれません。

2.3.6. その他のアプローチ

  • 変形性関節症の管理: 関節炎がある場合は、その痛みを管理することで、排便時の姿勢を取りやすくし、便秘の改善につながる可能性があります。
  • 経鼻胃カテーテルからのPEG持続点滴(CRI): 重度の便秘・重度便秘で、頻回の浣腸や摘便を避けたい場合に、PEGと電解質を含む溶液を経鼻胃カテーテルから持続的に投与する方法も報告されています(入院管理が必要)。

2.3.7. 外科治療(結腸亜全摘術)

内科治療にどうしても反応しない重度の特発性巨大結腸症などでは、最終手段として結腸の大部分を切除する手術(結腸亜全摘術)が検討されることもありますが、術後の下痢や再発のリスクもあり、適応は慎重に判断されます。

まとめ

慢性腎臓病(CKD)では、腎臓の尿濃縮能力が低下するため、多飲多尿となりやすく、常に脱水のリスクにさらされています。脱水は食欲不振や元気消失だけでなく、CKD自体の進行を早める可能性もあるため、適切な水分補給(飲水環境の整備、ウェットフードの利用、必要に応じた皮下輸液など)が非常に重要です。

また、脱水や低カリウム血症、一部の薬剤などが原因で便秘も起こりやすくなります。便秘の管理には、まず脱水と電解質異常を是正することが基本です。その上で、食事療法(可溶性繊維など)緩下剤(ポリエチレングリコールなど)消化管運動機能改善薬(シサプリドなど)プロバイオティクスなどの使用を、動物の状態に合わせて検討します。重度の場合は摘便や浣腸が必要になることもあります。

水分バランスと排便状況の管理は、CKDの動物が快適な生活を送る上で欠かせないケアの一部です。

(CKDの他の合併症や全体的な管理については、CKD概要記事や他の合併症に関する記事をご参照ください。)

出典

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