CKDの合併症:代謝性アシドーシスとその管理
目次
CKDの合併症:代謝性アシドーシスとその管理
この記事は主に『Ettinger's Textbook of Veterinary Internal Medicine, 9th Edition』および関連資料の情報を参考に作成しています。
慢性腎臓病(CKD)が進行すると、腎臓の重要な機能の一つである体内の酸塩基バランスを維持する能力が低下し、体が酸性に傾いてしまう「代謝性アシドーシス」という状態になることがあります。これは様々な悪影響を及ぼす可能性があるため、適切な評価と管理が必要です。この記事では、CKDに伴う代謝性アシドーシスの原因、影響、そして管理方法について解説します。
1. 代謝性アシドーシスとは?
代謝性アシドーシスとは、体内で酸が増えすぎたり、アルカリ(重炭酸イオン, HCO₃⁻)が失われたりすることで、血液などの体液が正常よりも酸性に傾いた状態(血液pHが低下)を指します。血液ガス検査や血液化学検査での重炭酸イオン(HCO₃⁻)または総二酸化炭素(TCO₂)の濃度低下によって評価されます。
1.1. どのくらいの頻度で起こるか?
- 猫:
- IRIS CKD ステージIIIの約15%、**ステージIVの約53%**で代謝性アシドーシスが見られると報告されています。
- 初期段階(ステージI、II)では稀です。
- 犬: 犬における明確な発生頻度のデータは少ないですが、猫と同様に進行したCKD(ステージIII、IV)でより一般的に見られます。
2. なぜアシドーシスが問題なのか?(体への影響)
慢性的な代謝性アシドーシスは、体に様々な悪影響を及ぼします。
- 筋肉の消耗(異化亢進): タンパク質の分解を促進し、合成を抑制するため、**筋肉量の減少(悪液質)**を招きます。これは、十分な食事を摂っていても起こりえます。
- 尿毒症症状の悪化: 倦怠感などの尿毒症症状を悪化させる可能性があります。
- 骨への影響: 骨からカルシウムが溶け出すのを助長し、腎性骨異栄養症を悪化させる可能性があります。
- 低アルブミン血症: (関連性は複雑ですが)悪化要因となる可能性があります。
- RAASの活性化: レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系を活性化させ、腎臓への負担を増やす可能性があります。
- 酸化ストレスと炎症: 体内の酸化ストレスや炎症反応を増強させる可能性があります。
- 猫における特有の問題: 食事の酸性化は、猫において負のカルシウムバランス、骨の脱灰、低カリウム血症、腎機能障害、タウリン欠乏などを引き起こす可能性が指摘されています。
ヒトのCKDでは、アシドーシスを補正する治療(アルカリ療法)が、タンパク質の分解抑制、筋肉減少の改善、骨疾患の改善、そしてCKDの進行抑制に繋がることが示されています。血液中の重炭酸濃度が正常範囲内であっても、潜在的なアシドーシス(代償されている状態)に対する治療が有益である可能性も示唆されています。
3. なぜCKDでアシドーシスが起こるのか?(病態生理)
腎臓は、体内の酸塩基バランスを維持するために以下の重要な役割を担っています。
- 重炭酸イオン(HCO₃⁻)の再吸収: 糸球体でろ過された重炭酸イオン(アルカリ性)を尿細管で再吸収する。
- 重炭酸イオン(HCO₃⁻)の産生: 新たに重炭酸イオンを作り出す。
- 酸(H⁺)の排泄: 体内で産生された酸(水素イオン, H⁺)を尿中に排泄する。これは主に、アンモニア(NH₃)と結合させてアンモニウムイオン(NH₄⁺)として排泄する方法と、リン酸などの尿中緩衝物質と結合させて排泄する方法(滴定酸)があります。
CKDが進行すると、以下の理由で酸の排泄能力が低下し、アシドーシスが起こります。
- アンモニア産生・排泄能力の低下: 腎機能が低下すると、残ったネフロンがアンモニアの排泄量を増やして代償しようとしますが、やがてその能力に限界が訪れます。腎臓の構造破壊もアンモニア排泄を妨げます。
- 滴定酸排泄の低下: 腎機能低下により、リン酸などの排泄が減るため、それに結合して排泄される酸の量も減ります。
- 尿細管でのプロトン(H⁺)分泌障害: 尿細管自体の機能が低下し、酸を尿へ分泌する能力が落ちることも関与します。
(注:CKDでは通常、重炭酸イオンの再吸収能力自体は保たれていますが、ファンコーニ症候群など特定の尿細管疾患では再吸収障害が起こることもあります。)
4. 代謝性アシドーシスの管理
4.1. いつ治療を始めるか?(治療の適応)
- 評価方法: 血液ガス分析(pH, HCO₃⁻, PCO₂など)または血液化学検査(TCO₂)で評価します。
- 治療開始の目安:
- 犬猫での明確な研究はありませんが、ヒトのガイドラインを参考にすると、血漿重炭酸イオン(HCO₃⁻)濃度が 16 mmol/L 未満(またはTCO₂が 18 mmol/L 未満)になった場合に、経口アルカリ療法が考慮されます。
- 重度の アシドーシス(例:血液pH < 7.10)では、点滴による緊急的な補正が必要になる場合があります(目標pH > 7.20)。
- 潜在的アシドーシスの考慮: ヒトでは、血液検査で明らかなアシドーシスがなくても(代償されている状態)、アルカリ療法が有益な場合があるとされていますが、犬猫でこれを治療すべきかはまだ不明です。
- IRISガイドライン: 通常、IRISステージIII以降で治療が検討されます。
4.2. 治療の選択肢
4.2.1. 食事療法
- 腎臓病用療法食: ほとんどの腎臓病用療法食は、体への酸負荷が少ないように、中性またはわずかにアルカリ化するように配合されています。食事療法だけでアシドーシスが改善することもあります。
4.2.2. アルカリ化薬
食事療法だけではアシドーシスが改善しない場合に、アルカリ化薬の投与を検討します。
- クエン酸カリウム (Potassium Citrate):
- 利点: カリウム補給とアルカリ化の両方の効果が期待できます。低カリウム血症を伴うCKD猫などでよく用いられます。炭酸水素ナトリウムより嗜好性が良いことが多いです。
- 投与量(目安): 40~75 mg/kg を1日2~3回経口投与から開始し、効果を見ながら調整します。
- 注意点: 高カリウム血症がある場合は使用できません。代謝性アシドーシス治療薬としての有効性はまだ十分評価されていません。
- 炭酸水素ナトリウム (Sodium Bicarbonate):
- 効果: 直接的に重炭酸イオンを補給します。
- 投与量(目安): 8~12 mg/kg を1日2~3回経口投与から開始し、効果を見ながら調整します。
- 注意点: 嗜好性が低いことが多く、錠剤での投与が必要になる場合があります。ナトリウム(Na)負荷による潜在的な悪影響(RAAS活性化など)については不明です。
- 投与のコツ: これらの薬剤は、血中pHの変動を最小限にするため、**少量ずつ頻回(1日2~3回)**に分けて投与するのが望ましいです。
4.3. 治療目標とモニタリング
- 治療目標: ヒトのガイドラインを参考にすると、血漿重炭酸イオン(HCO₃⁻)濃度を 18〜24 mmol/L(またはTCO₂を 20〜26 mmol/L)の範囲に維持することを目指します。
- モニタリング: 治療開始後10〜14日で血液ガスまたは血液化学検査(TCO₂)を再評価し、投与量を調整します。安定すれば、CKDのステージに応じた定期検診(例:ステージIIIなら2〜4ヶ月ごと)でモニタリングを継続します。
まとめ
慢性腎臓病(CKD)における代謝性アシドーシスは、主に腎臓からの酸排泄能力の低下によって起こり、体が酸性に傾く状態です。これは筋肉量の減少、尿毒症症状の悪化、骨疾患の進行など、様々な悪影響を及ぼす可能性があります。
特にIRISステージIII以降の動物で一般的であり、血液ガス分析や血液化学検査(TCO₂またはHCO₃⁻)によって評価されます。
管理としては、まず腎臓病用療法食(多くは中性〜アルカリ化作用を持つ)を用います。それでもアシドーシスが改善しない場合(目安としてHCO₃⁻ < 16 mmol/L または TCO₂ < 18 mmol/L)、アルカリ化薬(クエン酸カリウムまたは炭酸水素ナトリウム)の投与を検討します。治療目標は、血液中の重炭酸イオン濃度を正常範囲(18〜24 mmol/L程度)に維持することであり、定期的なモニタリングと投与量の調整が必要です。
(CKDの他の合併症や全体的な管理については、CKD概要記事や他の合併症に関する記事をご参照ください。)
- CKD概要・原因・ステージ分類・管理方針・モニタリング・予後
- 骨とミネラルの異常:CKD-MBDとその管理
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出典
- Ettinger's Textbook of Veterinary Internal Medicine, 9th Edition

- 犬の慢性腎臓病と高K血症への対応 佐藤雅彦先生 講演資料
- 猫の慢性腎臓病の診断と管理2023 佐藤雅彦先生 講演資料