【犬・猫】てんかん治療における血中濃度測定の重要性

てんかん治療における血中濃度測定の重要性

てんかんは、脳の神経細胞の過剰な興奮により発作を繰り返す神経疾患であり、多くの場合、長期的な抗てんかん薬による内科治療が必要となります。この治療を安全かつ効果的に進める上で、「血中濃度測定」は極めて重要な役割を果たします。

本記事では、なぜ抗てんかん薬の血中濃度測定が重要なのか、そしてどのようなタイミングで測定を行うべきなのかについて、詳しく解説します。

1. 抗てんかん薬の血中濃度とは? – 治療の指標となる「ものさし」

抗てんかん薬は、体内に吸収された後、血液中を循環し、脳に作用することでてんかん発作を抑制します。薬の効果は、血液中の薬の濃度(血中濃度)と密接に関連しています。

血中濃度は、低すぎると十分な効果が得られず(治療域未満)、高すぎると副作用のリスクが高まります(中毒域)。そのため、発作を効果的に抑制し、かつ副作用のリスクを最小限に抑える適切な濃度範囲(治療域)に血中濃度を維持することが、てんかん治療の基本的な目標となります。

[血中濃度のイメージ図]

  血中濃度 ↑
      │     *********** 中毒域 *********** (副作用のリスクが高い)
      │    ・─────────────────────・
      │   / \         治療域         / \     (効果が期待でき、安全性が高い)
      │  /   \___________/   \
      │ /                              \
  低い ├──────────────────────────────────→ 時間経過
      │     ^^^^^^^^^ 治療域未満 ^^^^^^^^^  (効果が不十分な可能性)

※この図はイメージです。実際の濃度変化は個体や薬剤により異なります。

抗てんかん薬の吸収や代謝には個体差が非常に大きいため、同じ体重の子に同じ量の薬を投与しても、血中濃度はそれぞれ異なります。したがって、画一的な投与量ではなく、個々の動物の血中濃度を測定し、その結果に基づいて投与量を調整することが不可欠です。

2. なぜ血中濃度測定が重要なのか? – 測定がもたらす5つのメリット

血中濃度測定は、単に薬の量を知るだけでなく、治療全体を最適化するために多くの重要な情報をもたらします。その主な意義は以下の通りです。

測定の意義内容
効果判定期待される効果(発作抑制)が得られているか、投与量が適切かを客観的に評価します。
副作用の回避・軽減副作用が疑われる際に濃度を確認し、高すぎる場合は減量等を検討します。副作用の予防にも繋がります。
適切な治療計画個体差が大きい抗てんかん薬において、その子に合った最適な投与量を見つけるための重要な指標となります。
投薬コンプライアンスの確認ご自宅での投薬が確実に実施されているかを確認する客観的な手段となります。
薬物相互作用の確認他の薬との併用によって血中濃度が変化していないかを確認し、必要に応じて投与量を調整します。

これらの意義から、血中濃度測定は、長期にわたるてんかん治療を安全かつ効果的に、そして結果として適切なコストで管理していくために不可欠な検査と言えます。

3. いつ血中濃度を測定するのか? – 適切な測定タイミング

血中濃度は常に測定が必要なわけではありませんが、以下のような状況では測定が推奨されます。これらのタイミングで測定することにより、治療方針の決定に役立つ重要な情報を得ることができます。

血中濃度測定が推奨される場面測定の目的・理由
治療開始時初期投与量が適切か、定常状態到達後に評価するため。
投与量を変更した時変更後の濃度が目標範囲に入っているか確認するため。
発作のコントロールが不十分な時濃度が低い可能性、薬剤耐性などを評価するため。
副作用が疑われる時濃度が高すぎないか、副作用の原因が薬にあるかを確認するため。
併用薬を開始・変更・中止した時薬物相互作用による濃度変化がないか確認するため。
定期的なモニタリング体調変化による濃度変動がないか確認するため(例: 6ヶ月~1年に1回程度、獣医師の指示による)。

4. 血中濃度測定当日の注意点 – 正確な測定のために

正確な血中濃度を測定するためには、採血のタイミングと当日の投薬について注意が必要です。

定常状態での測定

血中濃度は、薬を飲み始めてすぐに安定するわけではありません。毎日同じ時間に同じ量を投与し続けることで、体内に入る薬の量と体から排泄される薬の量が釣り合い、濃度が一定の範囲で安定します。この状態を「定常状態」と呼びます。

血中濃度測定は、原則としてこの定常状態に達してから行います。

定常状態に達するまでの期間は薬剤によって異なり、主な抗てんかん薬の目安は以下の通りです。

薬剤名定常状態到達までの期間(目安)治療域(参考値)*
フェノバルビタール約10~14日犬: 15~30µg/mL, 猫: 10~30µg/mL
ゾニサミド犬: 約3~4日, 猫: 約2日犬: 10~40µg/mL, 猫: 10~30µg/mL
臭化カリウム約2~3ヶ月単剤: 1.2~3mg/mL, 併用: 0.8~2mg/mL (犬)

注: 治療域はあくまで一般的な参考値であり、個体や状況によって目標値は異なります。必ず獣医師の指示に従ってください。投与量については記載を省略しています。

採血時間と投薬:

薬は投与後に吸収され血中濃度が上昇し、時間とともに代謝・排泄されて低下するため、1日の間でも濃度は変動します。理想的には、血中濃度が最も低くなる時間(トラフ濃度:次回投与直前)と、最も高くなる時間(ピーク濃度:投与後数時間、薬剤による)の両方を測定することで、効果の持続性や副作用のリスクをより正確に評価できます。

・基本的にはトラフ濃度測定で副作用の判定を行う際にピーク濃度の測定を行うことがあります。

測定当日の投薬については、必ず事前に獣医師の指示を確認してください。

一般的な目安としては、以下のようになります。

  • 午前中に採血する場合:
    • 朝の投薬はせずに、処方されている朝の分の薬を持参して来院してください。
    • (理由: トラフ濃度を測定するため、または採血後に投薬し、数時間後にピーク濃度を測定するため)
  • 午後に採血する場合:
    • 通常通り、朝の投薬をしてから来院してください。
    • (理由: ピーク濃度、あるいはトラフ濃度に近い時間帯の濃度を測定するため)

自己判断で投薬時間を変更したり、中止したりしないでください。

5. 測定結果の解釈と今後の治療方針

測定された血中濃度は、設定された治療域と比較され、臨床症状(発作の状況や副作用の有無)と合わせて総合的に評価されます。獣医師はこれらの情報に基づき、今後の治療方針を決定します。以下に結果の解釈と対応の一般的な考え方を示します。

血中濃度結果発作コントロール状況考えられる対応(獣医師の判断)
治療域より低いできている・現状維持・コンプライアンス、吸収等を確認
できていない・コンプライアンス、吸収、代謝促進、投与量不足等を確認・原因に応じた対応、増量を検討・他剤の追加・変更を検討
治療域内できている・現状維持
できていない・治療域上限への増量を検討(副作用に注意)・薬剤耐性の可能性を考慮・他剤の追加・変更を検討
治療域より高い-・副作用(中毒兆候)の有無を確認・副作用があれば減量または一時休薬・副作用がなくても慎重に経過観察、減量を検討・他剤への変更を検討

重要な注意点: 上記はあくまで一般的な考え方です。血中濃度は治療の指標の一つであり、最終的な治療方針は、必ず臨床症状や動物の状態を総合的に評価して獣医師が判断します。

まとめ

抗てんかん薬の血中濃度測定は、愛犬・愛猫のてんかん治療をより安全かつ効果的に進めるために不可欠な検査です。個々の動物に最適な治療を提供するために、獣医師は血中濃度という客観的な指標を参考に治療計画を立てています。

飼い主様におかれましても、この検査の重要性をご理解いただき、指示されたタイミングでの測定にご協力をお願いいたします。また、日頃の投薬管理や、発作・体調の変化に関する観察も、治療を進める上で非常に重要です。

てんかん治療や血中濃度測定に関して、ご不明な点やご心配な点がございましたら、ご遠慮なく担当の獣医師にご相談ください。


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