フェレットのインスリノーマについて:症状・診断・治療

フェレットのインスリノーマについて:症状・診断・治療

1. はじめに

インスリノーマは、フェレット、特に中高齢(多くは3歳以上)で非常に多く認められる腫瘍性疾患の一つです。

これは膵臓のインスリンを分泌する細胞(β細胞)が腫瘍化し、インスリンを過剰に分泌することで血糖値が異常に低下(低血糖)する病気です。

低血糖は神経症状をはじめとする様々な臨床症状を引き起こし、フェレットの生活の質(QOL)を著しく低下させる可能性があります。

また、副腎皮質疾患(副腎腫瘍)など他の病気と併発することも少なくありません。本稿では、フェレットのインスリノーマについて、その症状、診断法、および治療法を専門的な観点から解説します。

2. 病態生理

膵臓から分泌されるインスリンは、血液中のブドウ糖(血糖)を細胞内に取り込ませ、エネルギー源として利用したり貯蔵したりする働きを持つホルモンです。これにより、血糖値は適切な範囲に保たれています。

インスリノーマを発症すると、腫瘍化したβ細胞が血糖値に関係なく自律的にインスリンを過剰に分泌し続けます。その結果、血液中のブドウ糖が過剰に細胞へ取り込まれ、血糖値が持続的に低下(低血糖)します。

脳は主にブドウ糖をエネルギー源としているため、低血糖の影響を強く受け、神経症状をはじめとする様々な臨床症状が引き起こされます。

3. 臨床症状

インスリノーマによる低血糖症状は、軽度のものから重度のものまで様々で、多くは間欠的(症状が出たり消えたりする)に現れます。空腹時、食後数時間、あるいは運動後に症状が出やすい傾向があります。

症状の重症度の目安は以下の通りです(表に基づく主観的評価)。

症状の程度主な症状例
軽度・寝ていることが多くなった・寝起きに後肢がふらつくことがある・寝起きが悪い・ぼーっとしていることが多くなった
中程度・ここ最近寝てばかりいる・腰が立たない(後肢ふらつき)・後肢を引きずって歩く・前肢で口を掻く・口をくちゃくちゃする・流涎(よだれ)
重度・虚脱(ぐったりして動けない)・全身性の痙攣発作・昏睡状態・刺激への反応消失

これらの症状は低血糖の程度や持続時間、個体差によって異なります。初期には軽微で見過ごされやすい症状も、進行とともに頻度や重症度が増していく傾向があります。飼い主様が普段の様子との違いに気づくことが早期発見の鍵となります。

4. 診断

インスリノーマの診断は、特徴的な臨床症状、病歴、身体検査所見、そして各種検査結果を総合的に評価して行われます。

  • 病歴聴取(問診): 上記のような臨床症状の有無、発生状況(いつから、どんな時に)、食事内容、併発疾患などを詳しくお伺いします。「最近よく寝る」「時々ふらつく」「口を気にしている」などの情報が診断の手がかりとなります。
  • 身体検査: 全身状態の評価、神経学的検査、腹部の触診(脾腫や他の腫瘤の確認)、心雑音の有無などを確認します。インスリノーマのフェレットは肥満傾向を示すこともあります。副腎疾患に伴う脱毛など、併発疾患の徴候がないかも確認します。膵臓の腫瘍自体を体外から触知することは困難です。
  • 血液検査
    • 血糖値測定: 最も重要な検査です。臨床症状が見られる際に血糖値が低いこと(特に 60 mg/dL未満)を確認できれば、インスリノーマを強く疑います。ただし、症状がなくても低血糖を示す個体や、正常範囲に近い値でも症状を示す個体もいます。来院時のストレスで一時的に血糖値が上昇することもあるため、症状がない場合は3~4時間の短時間絶食後に測定することもあります。動物病院で使用される簡易血糖測定器は、特に低血糖域で検査センターの値よりやや低く表示される可能性があるため、解釈には注意が必要です。
    • 血中インスリン濃度測定: 低血糖(例: <60 mg/dL)が確認された際に、同時にインスリン濃度を測定します。健常動物では低血糖時にインスリン分泌は抑制されますが、インスリノーマではインスリン値が抑制されず、正常範囲内あるいは高値を示します(不適切分泌)。これが診断の根拠となりますが、フェレットの正常値や測定系による変動が大きく、解釈には慎重さが必要で実際にはあまり実施されていない検査です。臨床症状と持続的な低血糖が確認できれば、必ずしも測定が必要でない場合もあります。
    • 補正インスリン/グルコース比 (AIGR): 血糖値とインスリン値の関係を評価する指標の一つです。計算式は AIGR = \frac{インスリン値 (\mu U/mL) \times 100}{血糖値 (mg/dL) - 30} で求められ、血糖値が60 mg/dL未満の時に計算し、AIGR > 30 であればインスリノーマを示唆するとされています。ただし、偽陽性が多いため推奨されていません。
    • 一般血液検査(CBC・生化学検査): 全身状態の評価、肝臓・腎臓機能の確認、他の疾患(重度肝疾患など低血糖の原因となりうるもの)の除外、併発疾患の評価のために実施します。通常、インスリノーマ自体による顕著な異常は少ないですが、一部で肝酵素の上昇などが報告されています。
    • その他の検査: フルクトサミン(長期的な血糖コントロール指標)は低値を示す可能性がありますが、診断的有用性は確立されていません。
  • 画像診断:
    • 超音波検査: 膵臓の腫瘍結節(多くは1cm未満、時に1mm以下と微小)を検出するのは困難なことが多いですが、高解像度の機器であれば検出可能な場合もあります。肝臓やリンパ節への転移、併発する副腎腫瘍などの評価には有用です。
    • X線検査: 膵臓の腫瘍を描出することは困難です。他の併発疾患評価に用いることがあります。
    • CT/MRI検査: より詳細な画像が得られますが、実施可能な施設は限られます。
  • 尿検査: 通常、インスリノーマに特徴的な異常は見られません。インスリンによりケトン体産生が抑制されるため、ケトン尿は稀です。
  • 病理組織検査(生検・剖検): 外科手術で摘出した組織や、剖検によって得られた組織を検査することで確定診断となります。肉眼的には膵臓内に淡色の小さな結節として認められます。組織学的には膵島細胞(β細胞)由来の腫瘍(腺腫:良性、または癌:悪性)と診断されますが、良悪性の判断は浸潤や転移の有無が重要となります。免疫組織化学染色でインスリン産生を確認することもあります。腫瘍以外に、膵島過形成やネシディオブラストーシスといった増殖性病変が低血糖の原因となることもあります。

診断の要約: フェレットのインスリノーマは、特徴的な臨床症状と、検査による低血糖の確認を基に総合的に診断されます。

5. 治療

インスリノーマの治療は、低血糖とそれに伴う臨床症状を管理し、生活の質(QOL)を改善・維持することを主な目的とします。残念ながら、多くの場合、根治は困難であり、対症療法が中心となります。

治療法には食餌管理内科的治療外科的治療があり、これらを組み合わせて行うことが一般的です。

  • 食餌管理: 全ての治療の基本となります。
  • 目的: 血糖値の急激な変動を防ぐ。
  • 内容: 高タンパク質、中程度の脂肪、低炭水化物(特に砂糖などの単純糖質は避ける)の食事が推奨されます。良質なフェレット専用ドライフードを主食とします。レーズン、果物、糖分の多いおやつは厳禁です。
  • 与え方: 1回の食事量を少なくし、回数を多くする(少量頻回給餌)、または常にフードを置いておく(自由採食)ことで、食後のインスリン過剰分泌とそれに続く低血糖を抑制します。
  • 内科的治療: 外科手術が選択されない場合、手術前後の血糖管理、術後の再発時に行われます。生涯にわたる投薬が必要になることがほとんどです。治療指針の目安を以下に示します。
臨床症状の程度血糖値 (mg/dL)推奨される治療法(目安)
臨床症状あり
軽度60 mg/dL 以下・食餌管理・プレドニゾロン 0.5mg/kg 1日2回で開始*・外科的治療を検討
60-80 mg/dL・食餌管理・プレドニゾロン 0.25-0.5mg/kg 1日2回で開始*・外科的治療を検討(または経過観察)
中程度~重度60 mg/dL 以下・食餌管理・プレドニゾロン 0.5-1mg/kg 1日2回で開始*・ジアゾキシド併用考慮・外科的治療を強く検討
60-80 mg/dL・食餌管理・プレドニゾロン 0.25-0.5mg/kg 1日2回で開始・ジアゾキシド併用考慮・他の神経疾患も考慮・外科的治療を検討(または経過観察)
臨床症状なし
60 mg/dL 以下・食餌管理・プレドニゾロン 0.25mg/kg 1日2回で開始*・外科的治療を検討(または経過観察)
60-80 mg/dL・食餌管理・経過観察
  • プレドニゾロン: 肝臓での糖新生促進などにより血糖値を上昇させます。少量から開始し、効果と副作用を見ながら最小有効量に調節します。長期投与では副作用(多飲多尿、多食、肥満、筋委縮、易感染性など)に注意が必要です。
  • ジアゾキシド: インスリン分泌を抑制します。プレドニゾロンで効果不十分な場合や副作用が懸念される場合に併用または単独で使用します。嘔吐、食欲不振などの副作用の可能性があります。
  • その他の薬剤: ストレプトゾトシン(腎毒性)、オクトレオチド(効果不安定)などは一般的ではありません。
  • 外科的治療: 腫瘍組織を可能な限り切除し、インスリン分泌量を減らすことを目的とします。症状のない期間を延長させる可能性がありますが、多くは対症療法的な位置づけとなります。
    • 術前管理: 血糖値を安定させ、全身状態を評価します。
    • 術式: 開腹し、膵臓全体を丁寧に観察・触診します。明瞭な結節があれば摘出(結節摘出術)、または腫瘍を含む膵臓の一部を切除(膵臓部分切除術)します。完全切除は困難なことが多いです。
    • 術後管理: 血糖値を頻繁に測定し、輸液やブドウ糖投与で管理します。術後に一過性の高血糖が見られることもあります。疼痛管理を行い、徐々に食事を再開します。術後も内科治療を継続し、血糖値に応じて徐々に減量していくことが一般的です。摘出した組織は病理組織検査に提出します。
  • 低血糖発作時の緊急対応:
  • 在宅での緊急対応(重要):
  • 重度の症状(痙攣、虚脱、呼びかけへの反応がないなど)が見られた場合、飼い主様による迅速な初期対応が重要です。
  • 意識がない、または朦朧としている場合:
  • 絶対に固形物や液体を無理に口から飲ませようとしないでください。 誤嚥(食べ物や液体が気管に入ること)を引き起こし、肺炎などの重篤な状態になる危険があります。
  • ブドウ糖シロップ、コーンシロップ、砂糖水、はちみつなどの液状糖分を少量(1滴程度)、清潔な指やガーゼ、シリンジの先などに付けて、歯茎や舌の下に優しく塗り込んでください。 口腔粘膜から速やかに糖分が吸収されます。
  • 注意: 意識レベルが低下しているフェレットは、パニックになったり無意識に咬んだりすることがあります。口の中に直接指を入れないように十分注意してください。
  • 意識があり、飲み込める状態の場合:
  • フェレットバイトのような嗜好性の高いペースト状の栄養補助食品や、少量の高タンパク食を与えることも有効な場合があります。ただし、糖分の多いおやつは、一時的に血糖値が上がってもその後の反動でさらに低血糖を招く可能性があるため、緊急時以外は避けるべきです。
  • 応急処置後:
  • 症状が一時的に改善したように見えても、根本的な原因は解決していません。必ず、直ちに動物病院を受診してください。 再び低血糖発作を起こす可能性があります。
  • 事前の準備:
  • いつでも対応できるよう、液状糖分(シロップなど)、塗布用のシリンジやガーゼ、かかりつけ動物病院の連絡先などをまとめた「緊急キット」を準備しておくと安心です。
  • 院内での対応: 低血糖による痙攣時は、ブドウ糖の静脈内投与や抗痙攣薬の投与を行います。

6. 予後

インスリノーマの予後は、以下の要因によって大きく異なります。

  • 腫瘍の悪性度(腺腫か癌か)
  • 転移の有無
  • 外科的切除の程度
  • 内科治療への反応性
  • 併発疾患の有無

外科手術を行った場合、内科治療単独よりも生存期間の中央値が長い(例:術後700~1000日以上)と報告されることが多いですが、多くの場合再発が見られます。

内科治療のみの場合でも、症状を良好にコントロールできれば、数ヶ月~1年半程度の生存期間が期待できることもあります。

インスリノーマは進行性の疾患であり、根治することは稀です。治療を行っていても、最終的には症状のコントロールが困難になる可能性があります。長期にわたる定期的なモニタリングと、飼い主様の献身的なケアが非常に重要となります。

7. おわりに

フェレットのインスリノーマは、適切な診断と管理によって症状を緩和し、良好な生活の質を維持することが可能な疾患です。しかし、根治が難しく、生涯にわたるケアが必要となることがほとんどです。

元気消失、ふらつき、よだれなどの症状が見られた場合は、早めに動物病院にご相談ください。また、すでにインスリノーマと診断されているフェレットの飼い主様は、獣医師の指示に従い、適切な治療と定期的なモニタリングを継続することが重要です。

参考文献

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