CKDの合併症:骨とミネラルの異常(CKD-MBD)とその管理

目次

CKDの合併症:骨とミネラルの異常(CKD-MBD)とその管理

この記事は主に『Ettinger's Textbook of Veterinary Internal Medicine, 9th Edition』の情報を参考にし、FGF23に関する記述は近年のガイドラインや報告に基づき更新しています。

慢性腎臓病(CKD)は腎臓だけの問題ではなく、体全体のミネラルバランスにも大きな影響を及ぼします。ここではCKDの重要な合併症である「骨ミネラル代謝異常(CKD-MBD)」について、その仕組み(病態生理)、引き起こされる問題、そして管理方法を解説します。特に近年注目されているFGF23についても詳しく触れます。

慢性腎臓病の全体像について書いた記事は以下のものです。

犬と猫の慢性腎臓病(CKD)概要・原因・ステージ・管理方針・予後

目次犬と猫の慢性腎臓病(CKD)概要・原因・ステージ・管理方針・予後1. 慢性腎臓病(CKD)とは?1.1. 定義1.2. 進行性と不可逆性1.3. CKDと併存しやすい病態1.3.1. 併存…

1. CKDと骨・ミネラルの関係:CKD-MBDとは?

1.1. CKD-MBDの概要

腎臓の病気(CKD)が進行すると、体の中のミネラル(カルシウム(Ca)、リン(PO₄)、マグネシウム(Mg))のバランスをうまく保てなくなります。

これに伴い、これらのミネラルを調節するホルモン(副甲状腺ホルモン(PTH)、線維芽細胞増殖因子23(FGF23)、カルシトリオール(活性型ビタミンD))の働きも乱れてきます。

このミネラルとホルモンのバランス異常、そしてそれによって引き起こされる体の様々な問題(骨がもろくなる、血管が硬くなるなど)をまとめて**CKDに伴う骨ミネラル代謝異常(CKD-MBD)**と呼びます。

この問題が起こる仕組みは、CKDの初期と進行期で少し異なります。

1.2. CKD初期:リン(PO₄)の貯留と体の反応

1.2.1. リン貯留の始まり

CKDの初期段階では、腎臓の働きが少し落ち始め、尿へのリン(PO₄)の排泄が低下し始めます。

食事からのリン摂取量が変わらない場合、体の中にリンが溜まりやすくなります(リン貯留)。これがCKD-MBDの引き金となります。

1.2.2. FGF23の役割とKlotho

体はリンの貯留を察知すると、骨細胞からFGF23というホルモンを分泌します。

FGF23は、以下のような働きで体内のリンを減らそうとします。

  • 腎臓でのリン再吸収を抑制: 尿細管にあるリン輸送体(NaPi-IIa, IIc)の働きを抑え、尿へリンを排泄しやすくする。
  • 腸からのリン吸収を間接的に抑制: 腎臓で活性型ビタミンD(カルシトリオール、1,25(OH)₂D₃)が作られるのを邪魔する(1α-水酸化酵素を阻害)。
  • PTHの分泌を抑制: 副甲状腺ホルモン(PTH)の分泌を抑える。

ただし、FGF23が腎臓で働くためには、Klotho(クロトー)というタンパク質が補因子として必要です。CKDが進行すると、このKlothoの合成が低下するため、FGF23が十分に働けなくなり(FGF23抵抗性)、リンを排泄する能力が落ちていきます。

1.2.3. 初期段階でのバランス維持

CKDの初期では、まだ腎臓に十分な働き(ネフロン量)が残っているため、このFGF23の働きによって、体はなんとかリンのバランスを保つことができます。この段階では、血中のリンやPTH濃度は正常でも、FGF23濃度は既に上昇し始めていることがあります。

1.3. CKD進行期:ホルモンバランスの破綻

1.3.1. FGF23の効果減弱とPTHの上昇

CKDがさらに進行し、腎臓の働きが大きく低下すると(機能するネフロン数が減少し、Klothoも不足)、FGF23だけではリンの貯留を抑えきれなくなります(FGF23抵抗性)。

溜まったリンは、今度は副甲状腺ホルモン(PTH)の合成と分泌を強く刺激します。

1.3.2. 腎性二次性副甲状腺機能亢進症(RSHP)

このようにしてPTHが過剰に分泌される状態を**腎性二次性副甲状腺機能亢進症(RSHP)**と呼びます。

1.3.3. PTHの役割と限界

PTHは本来カルシウム(Ca)を調節するホルモンですが、リン(PO₄)の調節にも関わります。

PTHもFGF23と同様に、腎臓のリン輸送体(NPT2a)の働きを抑えて、尿へのリン排泄を促します。

重要な点: これらのホルモン(FGF23やPTH)が上昇し始める段階では、血液中のリン濃度が基準値を超えていなくても、体の中ではリンが溜まり始めている(潜在的なリン貯留)可能性があります。FGF23の上昇は、PTHやリン濃度の上昇よりも早期に起こることが多いとされています。

1.3.4. 悪循環:「トレードオフ仮説」

体は、FGF23やPTHを過剰に分泌させるという代償(トレードオフ)を払うことで、なんとかリン濃度を正常範囲に保とうとします。

しかし、これらのホルモンが過剰になること自体が、体に様々な悪影響(骨がもろくなる、CKDの進行促進など)を及ぼします。これが「トレードオフ仮説」と呼ばれる考え方です。

1.3.5. なぜFGF23が増え続けるのか?

CKDが進行すると、FGF23はさらに増え続けます。その理由は以下の通りです。

  • 腎臓からの排泄低下: FGF23は腎臓の糸球体で濾過されるため、腎機能(GFR)が低下すると排泄されにくくなる。
  • リンによる刺激: 進行期には血液中のリン濃度自体が高くなることが多く、これがさらにFGF23の分泌を刺激する。
  • FGF23への抵抗性: Klothoの低下などにより、FGF23が効きにくくなる。

1.3.6. カルシトリオール(活性型ビタミンD)の不足

PTHは通常、骨からカルシウム(Ca)とリン(PO₄)を血液中に放出させ、さらに腎臓でカルシトリオール(活性型ビタミンD)の合成を促し、腸からのCaとPO₄の吸収を高めます。

しかし、CKDでは以下の理由でカルシトリオールが不足します。

  • 腎臓の働き低下: 腎臓自体がカルシトリオールを作る能力が低下する。
  • FGF23による阻害: 過剰になったFGF23が、カルシトリオールの合成を邪魔する(1α-水酸化酵素を阻害)。カルシトリオールはPTHの分泌を抑える重要な役割も持っているため、その不足(相対的および絶対的カルシトリオール欠乏症)は、RSHPをさらに悪化させると考えられています。

1.3.7. カルシウム(Ca)の問題

カルシトリオールが不足すると、腸からのカルシウム(Ca)吸収も低下します。

これにより血液中のカルシウム濃度が低下(低カルシウム血症, hypoCa)することも、PTHの分泌をさらに刺激する要因となります。

1.3.8. 副甲状腺の反応性低下

CKDが長く続くと、副甲状腺自体が変化し、カルシウム(Ca)やカルシトリオール、FGF23による「分泌を抑えろ」というフィードバック信号に反応しにくくなります(抵抗性)。

1.3.9. CKD-MBDの最終的な結果

これらの複雑なホルモンとミネラルのバランス異常の結果、体には以下のような状態が引き起こされます。

  • 血液検査での異常:
    • 高リン血症 (Hyperphosphatemia)
    • 低カルシウム血症 (Hypocalcemia) (ただし、高カルシウム血症を示す場合もある)
    • カルシトリオール欠乏症 (Calcitriol deficiency)
    • (上記にもかかわらず) PTHとFGF23の著しい上昇
  • 骨や他の組織への影響:
    • 骨の脱灰: 慢性的に高いPTHが骨からミネラルを溶かし出し、骨がもろくなる(腎性骨異栄養症)。
    • 軟部組織の石灰化: 高いリン濃度とPTHの影響で、血管や他の臓器にカルシウムが沈着しやすくなる(石灰化)。

2. CKD-MBDにおけるホルモンの変化:FGF23とPTH

CKDに伴う骨ミネラル代謝異常(CKD-MBD)では、特にFGF23PTHという2つのホルモンの変化が重要です。

2.1. FGF23:早期からの変化と予後との関連

FGF23 (線維芽細胞増殖因子23) は、リンの排泄を促すホルモンですが、CKDでは以下のような変化が見られます。

  • 早期マーカーとしての可能性:
    • 猫では、まだ血液検査で異常値(高窒素血症)が出ていないCKDの初期段階からFGF23濃度が上昇していることがあります。
    • FGF23が高かった猫は、1年以内に高窒素血症を発症する可能性が高いことも示唆されており、早期の病態変化を示すマーカーになるかもしれません。
  • リンやステージとの関連:
    • 同じIRISステージの猫を比べると、血液中のリン(PO₄)濃度が高い猫ほど、FGF23濃度も高い傾向にあります。
    • 犬猫ともに、CKDのステージが進行するにつれてFGF23濃度は上昇し、血清クレアチニン濃度とも相関します。
    • 犬では、特にステージ3および4でステージ1、2と比べて有意に高くなりますが、初期(ステージ1、2)でも上昇は見られます。
  • RSHPの引き金?:
    • FGF23の上昇は、PTHやリン(PO₄)の上昇よりも早期に、より頻繁に見られることが多く、FGF23がRSHP(後述)を引き起こす一連の出来事の最初のきっかけとなっている可能性を示唆しています。
  • PTHとの相関:
    • 犬猫ともに、FGF23濃度とPTH濃度は相関しています。
  • 予後との関連:
    • FGF23濃度の上昇は、病気の進行や死亡のリスクが高いことと関連しています。
      • 猫: FGF23が700 pg/mLを超えると予後が悪化し始め、3,000-10,000 pg/mLでさらに悪く、10,000 pg/mLを超えると非常に予後が悪いと報告されています。
      • 犬: FGF23が450 pg/mLを超えると予後が悪いという報告があります。
  • 測定の意義と注意点(IRISガイドライン2023より):
    • IRIS CKDガイドラインでは、猫のステージ1および2において、血清リン濃度が正常範囲内であっても、FGF23濃度を測定し、食事療法(リン制限)を開始するかどうかの判断材料とすることが提言されました。
    • 具体的な基準(猫):
      • 血清リン濃度が正常範囲内で、高カルシウム血症、貧血、炎症性疾患がない場合:
        • FGF23 > 400 pg/mL (富士フイルムの基準値 約500 pg/mLも参考に)であれば、リン制限食の開始を検討する。
        • 食事療法を行ってもリン濃度が目標値内にあるが、FGF23 > 700 pg/mL であれば、リン吸着剤の追加など治療の強化を検討する。
        • 治療により FGF23 < 500 pg/mL になれば、コントロール良好と判断する。
    • 猫における注意点(高カルシウム血症): 猫では特発性高カルシウム血症も多く、高カルシウム血症自体がFGF23を上昇させる可能性があります。そのため、FGF23高値のみで安易にリン制限を強化すると、高カルシウム血症を助長するリスクがあります。イオン化カルシウム(iCa)濃度も併せて評価し、高カルシウム血症がある場合は、リン制限の程度を調整する(例:標準的な腎臓病食(P 0.3-0.5%DM)ではなく、リン含有量がやや高め(P 0.6-1.0%DM)の食事を選択し、必要に応じて可溶性繊維を追加するなど)必要があります。
    • 犬における目標値: 犬におけるFGF23の治療目標値はまだ設定されていません。

2.2. 腎性二次性副甲状腺機能亢進症(RSHP):CKD進行との関連

RSHP (Renal Secondary Hyperparathyroidism) は、腎臓病が原因で副甲状腺ホルモン(PTH)が過剰に分泌される状態です。

  • 有病率とステージ:
    • RSHPの発生率は、犬猫ともにCKDのIRISステージが進行するにつれて増加します。
    • 猫: ある研究では、CKD猫全体でのRSHPの有病率は84%にも上り、特に末期(ステージ4)の猫は全頭が罹患していました。ステージ2よりもステージ4でより一般的です。
    • 犬: CKDと診断された犬の**75.9%**でRSHPが確認されました。ステージ別の有病率は以下の通りです。
      • ステージ1: 36.4%
      • ステージ2: 50%
      • ステージ3: 96%
      • ステージ4: 100%
  • PTHの意義:
    • PTHは、尿毒症の多くの臨床症状を引き起こす尿毒症毒素の一つであるとも言われています。
    • しかし、現在のところ、PTH濃度と予後との明確な相関は確立されていません
    • また、薬などでPTH濃度を下げることによる明らかな臨床的メリットも、まだはっきりと証明されていません。(犬猫におけるPTHの治療目標値も決まっていません)

3. CKD-MBDが引き起こす体の問題

CKDに伴う骨ミネラル代謝異常(CKD-MBD)は、血液中のミネラルやホルモンのバランスが崩れるだけでなく、体に様々な具体的な問題を引き起こします。

3.1. 高リン血症:進行と予後への影響

リン(PO₄)の蓄積と、それに続く高リン血症(血液中のリン濃度が高くなること)は、CKDの進行を早める主要な要因の一つです。

  • 生存率との関連: 高リン血症は、ヒト、猫、犬いずれにおいても、生存期間が短くなることと関連しています。
  • 猫: 血漿リン濃度が1 mg/dL 上昇するごとに、病気が進行するリスクが41%増加したという報告があります。
  • PTHとの関係: 高リン血症による死亡リスクは、PTH濃度の上昇とは独立しているようです。
  • Ca × PO₄ 積: 血液中のカルシウム濃度とリン濃度の積(Ca × PO₄ 積)も重要です。
    • この値は、CKDの重症度とともに上昇し、特に犬では生存期間の短縮と関連しています。
    • Ca × PO₄ 積は、異所性石灰化の指標となる可能性があります。

3.2. カルシウム(Ca)異常:高Ca血症と低Ca血症

CKDの動物では、血液中のカルシウム濃度が高くなる(高カルシウム血症, HyperCa)ことも、低くなる(低カルシウム血症, HypoCa)こともあり、その変動は大きいです。

  • 猫でのCa異常:
    • 総カルシウム(tCa)上昇: CKD猫の**10~32%**で見られ、ステージが進むほど多くなります。
    • イオン化カルシウム(iCa)の変動: 実際に機能するiCaは、低下していることの方が多い(特に進行期)ですが、上昇している場合もあります。
  • 犬でのCa異常:
    • 初期(ステージ1, 2): 異常はまれ。
    • 進行期(ステージ3, 4): tCa上昇は10-15%程度、iCa低下は進行するほど多く(ステージ4で約9割)見られます。
  • 総Ca(tCa)とイオン化Ca(iCa)の違いと測定の重要性:
    • 注意点: 総カルシウム(tCa)濃度は、イオン化カルシウム(iCa)濃度を正確に反映しません
    • 結論: CKD-MBDの正確な評価のためには、イオン化カルシウム(iCa)を直接測定することが重要です。
  • 予後との関連: カルシウム濃度の異常自体は、予後との明確な関連は示されていませんが、高Ca血症はCa × PO₄ 積を上昇させます。

3.3. マグネシウム(Mg):見過ごされがちなミネラルの役割

マグネシウム(Mg)は多くの細胞機能に必須であり、CKDにおいても重要な役割を持つ可能性があります。

  • Mgの働き: 血管の石灰化抑制、線維化抑制、FGF23調節などに関与する可能性。
  • リンとの関係: Mgは高リン血症のリスクを変化させる可能性があります(低Mg血症で高リン血症のリスク増?)。
  • 猫でのMg異常:
    • 低Mg血症: CKD猫の**12%**で見られ、FGF23高値、高血圧、死亡リスク増加と関連。
    • 高Mg血症: ステージIVでより一般的。
  • 腎結石との関連: 腎結石を持つCKD猫では、高Mg血症(38%)、低Mg血症(14%)ともに死亡率上昇と関連。
  • 犬でのデータ: 発生率データはまだ不明。

3.4. 腎性骨異栄養症:骨への影響

  • 原因: 慢性的なPTH高値による骨からのミネラル溶出。
  • 症状:
    • 犬: 線維性骨異栄養症(特に若齢犬の上顎・下顎)、歯の動揺、顔貌の変化。
    • 猫: 顔の変化は稀だが、骨密度の低下、骨の脆弱性。
  • CKD-MBDが骨に悪影響を与えている証拠です。

3.5. 腎臓の石灰化と腎結石症

  • CKD-MBDの症状: 腎石灰化腎結石(特に猫で多い)。
  • 発生率: CKD猫の約半数で腎石灰化が見られます。
  • 結石の種類: 通常、シュウ酸カルシウム
  • リスク: 腎盂内の結石が尿管に詰まると(尿管結石)、命に関わる急性増悪を引き起こす。

3.6. 腎臓以外の石灰化

  • ヒトとの比較: ヒトほど顕著ではないが、犬猫でも起こりうる。
  • 猫での報告例: 足の裏、指の間、胃壁、大動脈など。Ca × PO₄ 積が高い症例で見られる。

3.7. 副甲状腺の腫大

  • RSHPとの関連: PTHの過剰分泌により、副甲状腺が腫れることがある。
  • 臨床的重要性(猫): 首のしこりが触れる場合、甲状腺機能亢進症との鑑別が重要。

4. CKD-MBD/RSHPの治療:食事療法が基本

CKDに伴う骨ミネラル代謝異常(CKD-MBD)や腎性二次性副甲状腺機能亢進症(RSHP)の管理において、食事療法、特にリン(PO₄)の摂取制限は非常に重要です。

4.1. なぜ食事のリン(PO₄)制限が必要か?

CKDが進行すると、腎臓から尿へリン(PO₄)を排泄する能力が低下します。

体内のリンバランスを保つためには、食事から摂取するリン(PO₄)の量を減らす必要があります。

4.2. リン制限:腎臓病用食事療法の特徴

  • リン(PO₄)制限の重要性: タンパク質制限よりもリン(PO₄)制限の重要性が強調されています。
  • 一般的な配合: リン低減、タンパク質調整、高カロリー、繊維・ビタミン・オメガ3・抗酸化物質添加、酸塩基バランスへの配慮、カリウム補給(猫用)。
  • 初期段階用: タンパク質制限が緩やかなタイプも存在します。

4.3. リン(PO₄)の「量」と「質」、Ca:PO₄比の重要性

  • 質も重要: 無機リン(添加物由来)は有機リン(食材由来)より吸収されやすい。
  • Ca:PO₄比: このバランスも重要で、不適切な比率は腎臓に悪影響を与える可能性。

4.4. 食事療法(リン制限)の効果

  • 科学的根拠: リン制限食は、血清リン(PO₄)・PTH・FGF23濃度を低下させ、生存期間の改善に繋がることが示されています。
  • 血清リンが正常でも有益?: 血清リンが正常でも、FGF23濃度を低下させることで有益な可能性。

4.5. 血清リン(PO₄)濃度の目標値

治療目標はIRISのCKDステージに基づいて設定されています(表4.1参照)。

  • 目標値の根拠: 目標値を維持することが、生存期間を改善し、CKD-MBD症状を緩和するのに役立ちます。
    • ステージ2: PO₄ < 4.5 mg/dL (< 1.45 mmol/L)
    • ステージ3: PO₄ < 5.0 mg/dL (< 1.6 mmol/L)
  • ステージ1: 明確な推奨目標値はなし。

4.6. 食事療法の進め方とモニタリング

  • 測定タイミング: 12時間の絶食後に測定。
  • 効果発現までの期間: 数週間かかることがある。
  • モニタリング:
    • 食事変更後4~6週間: 再検査。
    • 目標達成の場合: 食事を継続し、3~4ヶ月ごと(ステージIIなら4~6ヶ月ごと)に再検査。
    • 目標未達成の場合: 腸管リン吸着剤の追加を検討。
  • FGF23を用いた早期介入(IRISガイドライン2023, 猫):
    • ステージ1-2で血清リンが正常でも、FGF23 > 400 pg/mL ならリン制限食を検討。
    • 食事療法中でも FGF23 > 700 pg/mL ならリン吸着剤追加などを検討。
    • 注意: 猫では高カルシウム血症でもFGF23が上昇するため、イオン化カルシウム(iCa)も確認し、高値の場合はリン制限の程度を調整(リン含有量0.6-1.0%DMなど)。

血清リン濃度に対する推奨治療目標

IRIS ステージ目標血清PO₄濃度 (mg/dL)目標血清PO₄濃度 (mmol/L)
I推奨なし
II2.5-4.50.81-1.45
III2.5-5.00.81-1.61
IV2.5-6.00.81-1.94

5. 食事療法でリン(PO₄)目標を達成できない場合:リン吸着剤

腎臓病用食事療法だけでは血清リン(PO₄)濃度を目標値まで下げられない場合、リン吸着剤を追加します。

5.1. リン吸着剤とは?

  • 目的: 食事中のリン(PO₄)が腸から吸収される前に、消化管内で結合して便と一緒に排泄させる薬。

5.2. リン吸着剤の使い方の基本

  • タイミング: 必ず食事中または食事の直前・直後に投与
  • 投与量の調整: 「効果に応じて」、2~4週間ごとに血清リン濃度を見ながら調整。推奨量を超えたら種類変更や追加を検討。
  • 食欲不振時: 効果がないため、まず食欲改善と腎臓病食への切り替えが優先。
  • 腎臓病食との併用が必須: 維持食との併用は効果減または副作用増のリスク。

5.3. どのリン吸着剤を選ぶか?

イオン化カルシウム(iCa)濃度を確認し、高値ならCaベース吸着剤は避けます。

5.3.1. 水酸化アルミニウム

  • 特徴: 第一選択薬の一つ。安価で効果的。
  • 注意点: 嗜好性が低い、便秘、高用量でのアルミニウム中毒リスク(まれ)。

5.3.2. カルシウム(Ca)ベースの吸着剤

  • 効果: 有効だが、結合力はアルミニウムより弱い可能性。
  • 注意点: 高Ca血症や石灰化がある場合は非推奨。副作用として高Ca血症。カルシトリオールとの併用は避ける。iCaのモニタリングが必要。

5.3.3. ランタン塩(炭酸ランタン)

  • 効果: 非常に効果的。第二・第三選択肢。
  • 安全性: 全身吸収が少なく安全性が高い。猫での忍容性も良好。
  • 推奨用量: 12.5 - 25 mg/kg/日† PO

5.3.4. セベラマー(炭酸セベラマー)

  • 特徴: 有機ポリマー。あまり一般的ではない。炭酸セベラマーが好まれる。
  • 注意点: 薬剤吸着の可能性。
  • 推奨用量: 30 - 135 mg/kg/日† PO

5.3.5. ランタンとセベラマーの課題

  • コスト: 高価。
  • 製剤: 犬猫に適した製剤が少ない。

5.4. 表5.1 腸管リン吸着剤

腸管リン吸着剤推奨用量
水酸化アルミニウム30 - 90 mg/kg/日 PO
炭酸ランタン12.5 - 25 mg/kg/日† PO
キトサンおよび炭酸カルシウム(Epakitin®)4.4 g/10 kg† PO
炭酸セベラマー30 - 135 mg/kg/日† PO

1日の用量は、1日の食事(通常2〜3回/日)に分けて投与する必要があります。製品は、食事に混ぜるか、各食事の直前または直後に投与する必要があります。

†推奨用量は情報源により異なる場合があります。

6. その他のCKD-MBD関連治療薬

6.1. シナカルセト

  • 作用機序: カルシウム模倣薬。PTH分泌を抑制し、血清Caを低下させる。
  • 使用状況: 犬猫では一般的ではない。
  • 副作用: 吐き気、嘔吐、低Ca血症。

6.2. カルシトリオール(活性型ビタミンD₃)

  • 期待される作用: Ca/PO₄吸収↑ → PTH分泌抑制。
  • 臨床的効果: 犬での死亡率低下報告はあるが、猫でのPTH低下効果は確認されず、臨床症状改善効果は不明確。IRISガイドライン(2023)ではCKD治療に関する記述は削除された。
  • 使用上の注意: 高リン血症・高Ca血症では禁忌。腎結石も注意。空腹時投与。**頻繁なモニタリング(iCa, PO₄, PTH)**が必須。Ca含有リン吸着剤との併用注意。

まとめ

CKDに伴う骨ミネラル代謝異常(CKD-MBD)は、腎機能の低下に伴うリン、カルシウム、マグネシウムといったミネラルと、それらを調節するホルモン(PTH、FGF23、活性型ビタミンD)の複雑なバランス異常です。

この異常は、高リン血症、カルシウム異常、腎性骨異栄養症、軟部組織の石灰化など、体に様々な問題を引き起こし、CKDの進行や予後にも影響を与える可能性があります。FGF23は特に早期からの変化を示し、予後予測や早期の治療介入(特に猫)の指標として注目されています。

CKD-MBDの管理の中心は、食事療法(リン制限食)です。目標とする血清リン濃度を達成・維持することが重要であり、食事療法だけでは不十分な場合には腸管リン吸着剤(水酸化アルミニウム、炭酸ランタンなど)の併用が必要となります。イオン化カルシウム濃度やFGF23濃度(猫)なども考慮して適切な治療法を選択し、効果を見ながら投与量を調整します。カルシトリオールなどの他の治療薬は、適応やリスクを慎重に評価した上で検討されます。

CKD-MBDの管理は、CKD全体の管理において非常に重要な部分を占めており、定期的なモニタリングと適切な治療介入が求められます。

(CKDの他の合併症や全体的な管理については、CKD概要記事や他の合併症に関する記事をご参照ください。)

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出典

  • Ettinger's Textbook of Veterinary Internal Medicine, 9th Edition
  • 第20回日本獣医内科学アカデミー学術学会 ランチョンセミナー「IRIS CKDガイドラインアップデート2024」宮川 優一先生 講演資料
  • 日本獣医腎泌尿器学会認定プログラム「骨ミネラル代謝異常」佐藤 佳苗先生 講演資料
  • 猫の慢性腎臓病の診断と管理2023 佐藤 雅彦先生 講演資料

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