犬と猫の多飲多尿(PUPD) まとめ

犬と猫の多飲多尿(PUPD) まとめ

疾患概要と定義

  • 定義
    • 多飲多尿(Polydipsia and Polyuria, PUPD)は、生理的な必要量を超えて過剰に水を摂取(多飲)し、過剰に尿を排泄(多尿)する状態を指します[1]。
    • これらは病名ではなく、様々な基礎疾患の結果として現れる重要な臨床徴候であり、動物病院を受診する一般的な主訴の一つです[2]。飼い主が「水をよく飲む」「おしっこが多い」といった変化に気づくことが、しばしば診断の第一歩となります。
  • 閾値
    • PUPDを客観的に評価するための目安となる数値ですが、個体差や環境要因も考慮する必要があります。
  • 多飲 (Polydipsia)
    • 一般的に犬では体重1kgあたり >90-100mL/日猫では >50mL/kg/日を超えると多飲とされます[1]。ただし、これはあくまで目安です。特に猫は元々の正常な飲水量が犬よりかなり少ない(猫: 8-25mL/kg/日 vs 犬: 20-40mL/kg/日[2 Table 1])ため、猫においては50mL/kg/日以下であっても、その個体の普段の飲水量と比較して明らかに増加している場合は異常と捉え、精査を考慮すべきです。食事内容(ドライvsウェット)、気温、活動量によっても正常な飲水量は変動します。
  • 多尿 (Polyuria)
    • 一般的に犬猫ともに体重1kgあたり >50mL/日の尿量と定義されます[1]。正確な尿量測定は臨床現場では困難なことが多いですが、一貫して尿比重が低い(希釈尿・等張尿)場合は多尿が存在することを示唆します。
  • 発生機序: PUPDの発生メカニズムは大きく二つに分けられます。
    • 原発性多尿 (Primary Polyuria) → 二次性多飲 (Secondary Polydipsia): これが最も一般的なパターンです[1]。何らかの原因(腎機能低下、ホルモン異常など)で腎臓が尿を濃縮できなくなり、必要以上に水分が尿として失われます(原発性多尿)。体は脱水を防ぐために、失われた水分を補おうとして喉の渇きを感じ、飲水量が増加します(二次性多飲)。この代償メカニズムが働かない場合、動物は容易に脱水状態に陥り、高ナトリウム血症など重篤な状態になる可能性があります。
    • 原発性多飲 (Primary Polydipsia) → 二次性多尿 (Secondary Polyuria): まれなケースですが、精神的な要因(心因性)や渇中枢の異常などにより、生理的な必要性を超えて過剰に水を飲んでしまう状態です(原発性多飲)[1]。体は過剰な水分を排泄しようとして、希釈された尿を大量に作り出します(二次性多尿)。

原因とメカニズム

多飲多尿の原因は多岐にわたり、犬と猫で好発疾患や報告されている原因が一部異なる[1 Box 53.1, 2 Table 3]。

A. 原発性多尿(尿濃縮能の低下)

抗利尿ホルモン(ADH/AVP)関連

  • 中枢性尿崩症 (CDI): ADHの産生・分泌不全(特発性、腫瘍、外傷など)。犬猫ともに原因となりうる[1]。
  • 腎性尿崩症 (NDI): 腎臓のADHに対する反応性低下。
  • 二次性NDI (Secondary NDI): 最も一般的。様々な基礎疾患が原因となる。
  • 副腎皮質機能亢進症 :クッシング症候群(犬): コルチゾールによるADH作用阻害。犬で非常に多い。
  • 高カルシウム血症 (犬猫): ADH感受性低下、尿細管障害。
  • 副腎皮質機能低下症 (犬猫): Na喪失による髄質濃度勾配低下など。
  • 肝疾患/肝不全 (犬猫): 尿素産生低下による髄質濃度勾配低下など。
  • 甲状腺機能亢進症 (猫): 腎血流増加、ADH感受性低下など。猫で非常に多い。
  • 子宮蓄膿症/細菌性内毒素血症 (犬猫): 内毒素によるADH感受性低下。
  • 腎盂腎炎 (犬猫): 腎尿細管障害、内毒素。
  • 低カリウム血症 (犬猫): ADH感受性低下。
  • 薬剤性 (犬猫): 糖質コルチコイド、フェノバルビタールなど。
  • 高アルドステロン症 (猫): 低K血症を介することがある。
  • 先端巨大症 (猫): 続発性糖尿病による浸透圧利尿も関与。
  • レプトスピラ症 (主に犬): 腎尿細管障害。
  • 原発性NDI (Primary NDI): 先天的なADH反応不全(犬でまれ、猫では報告なし)[1 Box 53.1]。

浸透圧利尿

  • 糖尿病 (犬猫): 高血糖による尿糖排泄。
  • 慢性腎臓病 (CKD) (犬猫): 機能ネフロン減少による溶質利尿。
  • ファンコーニ症候群 (主に犬): 尿細管でのグルコース等再吸収障害[1 Box 53.1]。
  • 原発性腎性尿糖 (主に犬): グルコース再吸収障害[1 Box 53.1]。
  • 閉塞後利尿 (犬猫)
  • 医原性 (犬猫): マンニトール投与など。

腎髄質浸透圧勾配の消失 (Medullary Washout)

  • 長期間の多飲多尿状態 (犬猫): 原因を問わず二次的に生じうる。
  • 低蛋白/低ナトリウム食 (犬猫): 尿素やNa不足。
  • 肝不全 (犬猫): 尿素産生低下。
  • 副腎皮質機能低下症 (犬猫): Na喪失。
  • 長期間の輸液療法 (犬猫)

その他/不明なメカニズム

  • 急性腎障害の多尿期 (犬猫)
  • 褐色細胞腫 (犬猫)
  • 赤血球増加症 (主に犬)[1 Box 53.1]
  • 消化管平滑筋肉腫 (犬)[1 Box 53.1]
  • 脾臓血管肉腫 (犬)[1 Box 53.1]

B. 原発性多飲

  • 心因性多飲症 (Psychogenic Polydipsia) (犬猫ともにまれ): 精神的要因、行動異常。確定診断は除外診断となることが多い[1]。猫での報告は非常に少ない[1]。
  • 視床下部渇中枢の異常 (犬猫ともにまれ): 腫瘍、炎症など。
  • その他: 高熱、疼痛、ストレス、高ナトリウム血症など。

猫におけるPUPDの特徴 [1]

  • 犬に比べて尿濃縮能が高く、脱水への耐性もやや高い。
  • 飲水量が少ない、屋外排泄、複数の水飲み場などの理由で、飼い主がPUPDに気づきにくいことがある。
  • 一般的な原因はCKD、糖尿病、甲状腺機能亢進症である。中枢性尿崩症も報告されている。
  • 犬で報告のある原因の一部は猫では報告されていないか、非常にまれである。

臨床徴候

PUPD自体に加え、原因疾患に応じた様々な症状が見られる[2 Table 3]。

  • CKD: 食欲不振、体重減少、嘔吐、元気消失、貧血。
  • 糖尿病: 多食(初期)、体重減少、元気消失、(犬)白内障、(猫)後肢の踵をつけた歩き方(ナックリング)。
  • 甲状腺機能亢進症 (猫): 多食、体重減少、活動性亢進、嘔吐、下痢、頻脈、心雑音、被毛粗剛、頸部甲状腺腫。
  • 副腎皮質機能亢進症 (犬): 多食、腹部膨満、筋力低下、皮膚菲薄化、脱毛、パンティング。
  • 子宮蓄膿症: 元気消失、食欲不振、嘔吐、腹部膨満、外陰部排膿。
  • 肝疾患: 黄疸、食欲不振、嘔吐、下痢、腹水、神経症状。
  • 高カルシウム血症: 元気消失、食欲不振、嘔吐、筋力低下。
  • 尿崩症/心因性多飲症: 重度のPUPD以外に特異的な症状が少ないことも。

診断

犬と猫で好発疾患が異なることを念頭に置いた体系的なアプローチが重要[1 Figure 53.1, 2 Figure 1]。

1. PUPDの存在確認と病歴聴取・シグナルメント [1 Step 1, 2]

  • 真のPUPDか?
    • 診断の最初の重要なステップは、報告された症状が本当に多飲多尿(PUPD)であるかを確認することです。飼い主が「おしっこが多い」と感じていても、実際には排尿回数が増えているだけの頻尿(膀胱炎など下部尿路疾患を示唆)や、意図せず漏らしてしまう尿失禁(尿道括約筋の機能不全など)、あるいは不適切な場所での排尿(行動異常)である可能性もあります。これらの鑑別は、その後の診断アプローチを大きく左右するため、排尿1回あたりの量が増えているか、夜間にも排尿するかなど、具体的な状況を詳細に聴取することが不可欠です。また、下痢や激しいパンティングなど、非泌尿器系の水分喪失がないかも確認します。これらがある場合、代償性の飲水増加が見られることがあります。
  • 飲水量の測定
    • PUPDを客観的に評価するため、可能であれば飼い主に自宅で24時間の飲水量を測定してもらうことが推奨されます。具体的には、決まった量の水を与え、24時間後に残量を測定して摂取量を計算します。この際、トイレの水や他のペットの水入れ、屋外の水たまりなど、測定できない水源からの飲水を確実に制限する必要があります。環境変化は飲水量に影響を与えるため、なるべく普段通りの環境で、ストレスを与えないように測定することが望ましいですが、多頭飼育や屋外アクセスがある場合は困難なこともあります。しかし、測定された飲水量は、PUPDの確定や重症度評価、治療効果判定において非常に有用な情報となります。
  • 尿比重 (USG)の評価
    • 尿が適切に濃縮されているかどうかの指標です。理想的には、異なる時間帯(例:朝一番、日中)に自宅で複数回採尿し、それぞれのUSGを測定します。これにより、一日の変動を確認できます。一貫してUSGが高い(目安として犬>1.030、猫>1.035)場合は、腎臓の尿濃縮能自体は保たれていると考えられ、尿糖が陰性であれば真のPUPDである可能性は低くなります(ただし、間欠的なPUPDは否定できません)。逆に、一貫して低いUSG(等張尿:1.008-1.012、あるいは希釈尿:<1.008)が認められる場合は、尿濃縮障害、すなわちPUPDが存在することを強く示唆します。特に1.006未満の著しい低比重尿は、重度な尿濃縮障害(例:尿崩症、重度のクッシング症候群など)を示唆する所見となります。ただし、単回の低比重尿は、その時点で十分に水分補給ができていた正常な状態でもあり得るため、解釈には注意が必要です。
  • シグナルメント
    • 種(犬か猫か)、年齢、品種、性別、避妊去勢の有無は、鑑別診断リストの優先順位付けに役立ちます。例えば、高齢猫であればCKD、糖尿病、甲状腺機能亢進症の可能性が高まります。未避妊雌であれば子宮蓄膿症を考慮する必要があります。犬種特有の好発疾患(例:一部の犬種におけるクッシング病)も念頭に置きます。
  • 他の臨床症状
    • PUPD以外の症状(食欲変化、体重変動、消化器症状、皮膚症状、神経症状など)は、原因疾患を特定する上で重要な手がかりとなります。詳細は上記「臨床徴候」セクションを参照してください。
  • 生活環境・食事・薬剤歴
    • 最近の環境変化(引っ越し、新しいペットなど)によるストレス、食事内容の変更(特に療法食、高塩分・高タンパク・低蛋白食)、サプリメントの使用、そしてPUPDを引き起こす可能性のある薬剤(糖質コルチコイド、利尿薬、フェノバルビタール、臭化カリウムなど)の投与歴がないかを確認します。

2. 身体検査 [1 Step 2]

身体検査は、PUPDの原因疾患を絞り込むための重要な情報を得る機会です。単に症状を確認するだけでなく、基礎疾患を示唆する微妙な変化も見逃さないように注意深く行います。

  • 全身状態、脱水評価、体重、BCS/MCS
    • まず、動物の全体的な健康状態、意識レベルを確認します。脱水の程度は、皮膚の弾力性(ツルゴール)、口腔粘膜の湿潤度や粘稠度、眼球の位置(陥没の有無)などから評価します。脱水は重度の多尿や代償性の飲水不足を示唆します。体重測定とボディコンディションスコア(BCS)、マッスルコンディションスコア(MCS)の評価は、栄養状態や慢性疾患による消耗(例:CKD、糖尿病、腫瘍)の有無を判断するのに役立ちます。
  • 腹部触診
    • 腹腔内の臓器を系統的に触診します。
  • 肝臓
    • 腫大している場合、糖尿病、クッシング病、肝リピドーシス(猫)、腫瘍などが考えられます。
  • 腎臓
    • 大きさ、形状、硬さ、疼痛の有無を確認します。両側性に小さい腎臓はCKDを示唆し、逆に腫大している場合は急性腎障害、腎盂腎炎、水腎症、リンパ腫(特に猫)などが考えられます。触診時の痛みは腎盂腎炎や結石などを示唆します。
  • 膀胱
    • 拡張度、壁の肥厚、結石の有無などを評価します。
  • 子宮/前立腺
    • 未避妊雌では子宮蓄膿症による子宮腫大、未去勢雄では前立腺炎や腫瘍による前立腺腫大がないか確認します。
  • (猫) 頸部甲状腺の触診
    • 猫の場合、特に高齢猫では甲状腺機能亢進症がPUPDの一般的な原因であるため、頸部の触診が不可欠です。気管に沿って喉頭から胸腔入口まで指を滑らせ、可動性のある米粒大〜小豆大の硬結(腫大した甲状腺)がないかを確認します。正常な甲状腺は通常触知困難です。
  • リンパ節触診
    • 体表リンパ節(下顎、浅頸、腋窩、鼠径、膝窩)を左右対称に触診し、腫大や硬結、疼痛の有無を確認します。リンパ節腫大は、リンパ腫(高カルシウム血症の原因となりうる)や全身性の感染・炎症を示唆します。
  • 皮膚、被毛の状態
    • 皮膚や被毛の状態は、内分泌疾患の手がかりとなることがあります。犬のクッシング病では、左右対称性の脱毛、菲薄化した皮膚、面皰(コメド)、石灰沈着(calcinosis cutis)などが見られることがあります。猫の甲状腺機能亢進症やCKDでは、毛艶が悪く、もつれた(matted)被毛が見られることがあります。
  • 心肺聴診、眼科検査、直腸検査など
  • 心肺聴診
    • 頻脈や心雑音は猫の甲状腺機能亢進症や、PUPDの原因疾患に伴う高血圧、貧血などを反映している可能性があります。
  • 眼科検査
    • 糖尿病による白内障(犬)、高血圧性網膜症(CKD、クッシング病、甲状腺機能亢進症など)の所見がないか確認します。
  • 直腸検査
    • 肛門周囲腺癌(高カルシウム血症の原因)や前立腺疾患(犬)の評価に有用です。

3. 初期検査(ミニマムデータベース)[1 Step 3]

病歴聴取と身体検査で得られた情報に基づき、原因疾患をさらに絞り込むために、侵襲性の低い初期検査(ミニマムデータベース)を実施します。これには通常、尿検査と血液検査が含まれます。

  • 尿検査
    • 腎臓の機能(濃縮・希釈能)や尿路系の状態、さらには全身性疾患(糖尿病など)に関する多くの情報を提供します。
  • USG
    • 尿濃縮能の最も重要な指標です。解釈には注意が必要で、他の検査所見(特に尿糖や蛋白尿の有無)と合わせて評価します[2 Table 4]。例えば、低比重尿であっても尿糖が陽性であれば、浸透圧利尿が原因である可能性が高く、尿濃縮能自体の評価は困難です。
  • 尿試験紙
    • 尿糖(糖尿病、ファンコーニ症候群)、ケトン体(糖尿病性ケトアシドーシス)、潜血(出血、溶血)、pH(酸塩基平衡異常、感染)、タンパク(腎疾患、尿路炎症)などを半定量的に評価します。
  • 尿沈渣
    • 遠心分離した尿の沈渣を顕微鏡で観察し、細胞成分(赤血球、白血球、上皮細胞)、円柱(尿細管障害を示唆)、細菌、結晶(尿石症リスク、肝疾患を示唆する尿酸アンモニウム結晶など)の有無を確認します。
  • 尿培養
    • 細菌感染(特に腎盂腎炎)が疑われる場合や、糖尿病・クッシング病などで免疫力が低下している可能性がある場合に実施します。汚染の少ない膀胱穿刺尿を用いることが理想的です[1 Step 4]。無症状でも細菌尿が存在することがあります。
  • UPC
    • 尿試験紙でタンパクが陽性の場合、または腎疾患が疑われる場合に実施し、蛋白尿を定量的に評価します。持続的な蛋白尿は腎障害の重要な指標です。
  • 血液検査
    • 全身状態や特定の臓器機能に関する情報を提供します。
  • CBC
    • 貧血(CKDに伴う非再生性貧血など)、脱水による相対的な赤血球増加、白血球数の増減(感染・炎症、ストレス、アジソン病など)、血小板数などを評価します。ストレス白血球像(好中球増加、リンパ球減少、好酸球減少、単球増加)はクッシング病を示唆することがあります。
  • 血液生化学検査
    • 多岐にわたる項目を評価し、原因疾患の手がかりを探します。
  • 腎機能
    • BUN, Creの上昇(高窒素血症)、Pの上昇は腎機能低下を示唆します。SDMAはより早期の腎機能低下を検出できる可能性があります。
犬と猫の慢性腎臓病(CKD)概要・原因・ステージ・管理方針・予後

目次犬と猫の慢性腎臓病(CKD)概要・原因・ステージ・管理方針・予後1. 慢性腎臓病(CKD)とは?1.1. 定義1.2. 進行性と不可逆性1.3. CKDと併存しやすい病態1.3.1. 併存…

  • 肝機能
    • ALT, AST, ALP, GGTなどの肝酵素の上昇、TBil, Alb, BUN, Glu, Cholesterolなどの異常は肝疾患を示唆します。犬のクッシング病では著しいALP上昇が特徴的です。
  • 血糖
    • 持続的な高血糖は糖尿病を強く示唆します。
  • 電解質
    • Na, K, Clの異常はアジソン病、腎疾患、消化器疾患などを示唆します。Ca(特にイオン化カルシウム)の高値は腫瘍随伴性症候群、上皮小体機能亢進症などを疑います。
  • 総蛋白・アルブミン
    • 低値は肝疾患、腎疾患(蛋白喪失性腎症)、消化器疾患(蛋白漏出性腸症)などを示唆します。
  • (猫) 甲状腺ホルモン (総T4:TT4)
    • PUPDを呈する中〜高齢猫では、スクリーニングとして必須の検査項目です。
  • イオン化カルシウム
    • 総カルシウム値はアルブミン濃度などに影響されるため、高カルシウム血症が疑われる場合は、生物学的に活性のあるイオン化カルシウムを測定することがより正確な評価につながります[1 Step 3]。
  • 血清浸透圧
    • 測定値と計算式(Na, BUN, Gluを使用)による推定値を比較することで、原発性多飲(血漿が希釈され計算値>測定値傾向)と原発性多尿(血漿が濃縮され計算値<測定値傾向)の鑑別に役立つ可能性がありますが、様々な要因に影響されるため、あくまで補助的な情報として慎重に解釈する必要があります[1 Step 3]。

4. 追加検査 [1 Step 4]

初期検査で診断に至らない場合、あるいは特定の疾患が強く疑われる場合には、追加検査に進みます。どの検査を選択するかは、これまでの検査結果と臨床所見に基づいて判断します。

  • 腹部超音波検査
    • 腎臓の内部構造(皮髄境界、腎盂拡張、結石、嚢胞)、副腎の大きさや形状(腫大、左右差、腫瘤)、肝臓の実質エコーや血管系(門脈シャント疑い)、子宮(蓄膿症)、前立腺、膀胱壁、消化管などを詳細に評価でき、多くのPUPD原因疾患の診断や除外に極めて有用です。腫瘍性疾患(リンパ腫、各種癌)の検出や、脾臓血管肉腫、消化管平滑筋肉腫などのまれな原因を探る上でも重要です。
  • 腹部X線検査
    • 腎臓・膀胱結石、腎臓や副腎の大きさ・形状の異常、腹腔内腫瘤、前立腺腫大などを評価する上で超音波検査を補完します。
  • 胸部X線検査
    • 腫瘍の転移巣の有無、心拡大(高血圧や甲状腺機能亢進症に関連する場合)などを評価します。
  • 頭部CT/MRI
    • 中枢性尿崩症の原因となる下垂体腫瘍やその他の脳疾患が疑われる場合に考慮されます。
  • 内分泌検査
    • (犬)ACTH刺激試験/低用量デキサメタゾン抑制試験 (LDDST)
      • 副腎皮質機能亢進症(クッシング病)の確定診断に用いられます。LDDSTは感受性が高いですが、他の重度疾患でも偽陽性が出ることがあります。ACTH刺激試験は医原性クッシングやアジソン病の診断にも用いられます。
    • (犬猫)ACTH刺激試験(アジソン病疑い)
      • 副腎皮質機能低下症(アジソン病)では、ACTH投与に対するコルチゾール反応が欠如または著しく低下します。基礎コルチゾール値も補助的な情報となります。
    • (猫)fT4/TSH測定
      • 総T4値が正常範囲内でも甲状腺機能亢進症が疑われる場合(例:併発疾患によるT4抑制)や、治療モニタリングにおいて、遊離T4(fT4)や甲状腺刺激ホルモン(TSH)の測定が診断の助けとなることがあります。
  • 肝機能検査
    • 食前食後胆汁酸 (TBA)
      • 肝酵素の上昇だけでは判断できない肝臓の実質的な機能(胆汁酸の腸肝循環)を評価します。門脈体循環シャントや肝硬変などの診断に重要です。
  • 感染症検査
    • レプトスピラ検査
      • 流行地域での発生、ワクチン未接種、急性の腎・肝障害、特定の曝露歴(げっ歯類との接触など)がある場合に考慮します。血清抗体価(MAT)やPCR検査がありますが、検査時期やワクチン接種歴により結果の解釈には注意が必要です。
  • 腎機能詳細評価
    • SDMA
      • クレアチニンよりも早期に腎機能低下を反映する可能性があるマーカーとして注目されていますが、他の要因(体重減少など)にも影響されるため、単独ではなく他の腎機能マーカーと合わせて評価します。
    • GFR測定
      • 糸球体濾過量を直接測定する方法(イヌリンクリアランスなど)が腎機能評価のゴールドスタンダードですが、特殊な設備や技術が必要であり、一般の臨床現場での実施は限定的です。
    • 食事変更試験
      • PUPDの原因として、食事内容(特に極端な低タンパク食や低ナトリウム食)が腎髄質の浸透圧勾配に影響している可能性が疑われる場合に、試験的に標準的な食事に変更し、PUPDが改善するかどうかを確認することがあります。

5. 最終鑑別(他の原因除外後)[1 Step 5]

上記までの検査で一般的な原因疾患が除外された場合、まれな疾患である心因性多飲症(PP)、中枢性尿崩症(CDI)、腎性尿崩症(NDI)の鑑別診断に進みます。これらの疾患は診断が難しく、鑑別には特殊な試験が必要となります。また、他の疾患(例:クッシング病)が二次的にCDIやNDIの病態を引き起こしている可能性もあるため、基礎疾患の除外が不十分なままこれらの試験を行うと誤診につながる可能性があります。

  • 水制限試験 (修正法推奨: MWDT)
    • 動物から水分摂取を制限し、体が尿を濃縮しようとする反応(ADH分泌と腎臓の反応)を評価する試験です。PPであれば脱水刺激によりADHが分泌され尿が濃縮されますが、CDIやNDIでは尿が濃縮されません。しかし、この試験は重度の脱水や高ナトリウム血症を引き起こすリスクが非常に高く、特に尿濃縮能が完全に失われている動物では致死的となる可能性もあります。そのため、実施する場合は体重、臨床状態、血液検査値などを頻繁にモニタリングし、安全限界を超えたら直ちに中止するなど、厳重な管理体制の下でのみ行われるべきです。近年ではリスクの高さから、実施される機会は減少しています。
  • DDAVP(デスモプレシン)反応試験
    • 合成ADHであるデスモプレシンを投与し、腎臓がそれに反応して尿を濃縮できるかを見る試験です。CDI(ADH分泌不全)であれば、外因性のADHに腎臓が反応して尿が濃縮され、飲水量も減少します。NDI(腎臓のADH反応不全)やPP(既にADHは分泌されているか不要)では、DDAVPを投与しても尿濃縮反応はほとんど見られません。この試験は水制限試験よりも安全性が高く、入院管理も通常不要なため、特に猫(Primary NDIの報告がなく、PPもまれ)や水制限試験のリスクが高いと考えられる症例において、CDIの診断(または除外)を目的として優先的に選択されることが多くなっています。数日間の試験投与を行い、その間の飲水量と尿比重の変化を評価します。

治療

PUPD(多飲多尿)の原因となっている基礎疾患の治療が基本。

たとえば

  • CKD(慢性腎臓病): 進行抑制療法(食事、薬剤)。
  • 糖尿病: インスリン療法、食事療法。
  • 甲状腺機能亢進症 (猫): 抗甲状腺薬、療法食、¹³¹I治療、外科手術。
猫の甲状腺機能亢進症 まとめ

猫の甲状腺機能亢進症についてまとめています。 滋賀県甲賀市・湖南市の動物病院 甲賀セレネ動物病院です。 当院では通常の院内検査だけでなく、春・秋の健康診断コース…

  • 副腎皮質機能亢進症 (犬): 内科療法(トリロスタンなど)、外科療法。
  • 特発性CDIにはDDAVP補充療法。
  • 心因性多飲症には行動療法、環境改善など。

モニタリングと管理

PUPD(多飲多尿)の原因疾患の治療を開始した後、その効果を評価し、動物の状態を安定させるためには、継続的なモニタリングと管理が不可欠です。

  • 治療効果とPUPD改善度のモニタリング
    • 最も重要なのは、基礎疾患の治療が効果を発揮し、それに伴ってPUPDが改善しているかを確認することです。
  • 飲水量・尿量の観察
    • 飼い主による自宅での飲水量の継続的な測定は、治療反応を評価する上で非常に有用です。飲水量が正常範囲に近づいているか、あるいは安定しているかを確認します。
    • 尿量については、排尿回数、1回あたりの量(ペットシーツの濡れ具合や猫砂の塊の大きさ・数など)、夜間の排尿の有無などを観察し、変化を記録してもらうよう指導します。これらの情報は、治療計画(薬剤の用量調整、食事内容の見直しなど)を決定する上で重要な根拠となります。
  • 臨床症状の変化
    • PUPD以外の臨床症状(元気、食欲、体重、被毛の状態など)の改善も、治療効果の重要な指標です。
  • 原因疾患に応じた定期的な検査
    • 基礎疾患の種類に応じて、定期的な血液検査や尿検査、画像検査などが必要です。
  • : 糖尿病であれば血糖値曲線やフルクトサミン、尿糖・ケトン体のチェック。甲状腺機能亢進症(猫)であればT4値の測定。CKDであれば腎機能マーカー(BUN, Cre, SDMA)、電解質、血圧、尿検査(USG, UPC)。副腎皮質機能亢進症(犬)であればACTH刺激試験や臨床症状の評価。副腎皮質機能低下症であれば電解質のモニタリングなど。
  • 検査頻度は、病状の安定度や治療内容によって調整されますが、安定期に入っても数ヶ月に一度程度の定期健診が推奨されることが多いです。
  • 慢性疾患の生涯管理
    • CKD、糖尿病、多くの内分泌疾患など、PUPDの原因が慢性疾患である場合、完治は望めないことが多く、生涯にわたる管理が必要となります。これには、継続的な投薬、処方食の給与、定期的な通院・検査、そして場合によっては環境整備(例:猫のトイレの数を増やす、水飲み場を増やすなど)が含まれます。管理の目標は、病気の進行を可能な限り遅らせ、合併症を予防し、動物ができるだけ長く良好な生活の質(QOL)を維持できるようにすることです。

予後

PUPDの予後は、その背景にある原因疾患によって大きく異なります。一概には言えませんが、以下の要因が影響します。

  • 基礎疾患の種類と重症度
    • 診断された疾患が何か、そしてどの程度進行しているかが最も重要です。例えば、適切に管理された糖尿病や甲状腺機能亢進症、早期のCKDなどでは、長期的に良好なQOLを維持できる可能性があります。一方で、悪性腫瘍(例:高カルシウム血症を引き起こすリンパ腫や肛門嚢腺癌)や末期の腎不全・肝不全などの場合は、予後が厳しいことが予想されます。
  • 治療への反応性
    • 治療が奏功し、基礎疾患とPUPDが良好にコントロールできるかどうかも予後を左右します。インスリン抵抗性の糖尿病や、治療抵抗性の感染症などは管理が難しくなる可能性があります。
  • 合併症の有無
    • 基礎疾患に伴う合併症(例:糖尿病性ケトアシドーシス、CKDにおける重度な高血圧や貧血、甲状腺機能亢進症における心筋症など)は、予後を悪化させる要因となります。PUPD自体が重度で管理できない場合、脱水や電解質異常のリスクも高まります。
  • 飼い主の管理能力と協力
    • 特に慢性疾患の場合、飼い主による日々のケア(投薬、食事管理、状態観察)と定期的な通院が不可欠であり、これが予後に影響を与えることもあります。

総じて、多くの疾患では早期診断と適切な治療・管理により、PUPDの症状を緩和し、動物のQOLを改善・維持することが可能です。しかし、進行性・難治性の疾患も存在するため、個々のケースに応じた予後判定が必要です。

飼い主への情報提供

PUPD(多飲多尿)の診断と治療を成功させるためには、獣医師と飼い主との間の良好なコミュニケーションと相互理解が不可欠です。以下の点を丁寧に説明し、協力体制を築くことが重要です。

  • PUPDの重要性
    • 「水をよく飲む」「おしっこが多い」という症状が、単なる癖や老化現象ではなく、様々な病気の初期サインである可能性があることを明確に伝えます。放置すると基礎疾患が悪化したり、脱水などを引き起こしたりするリスクがあることを説明します。
  • 診断プロセス
    • PUPDの原因が多岐にわたるため、診断には体系的なアプローチが必要であり、問診、身体検査から始まり、尿検査、血液検査、場合によっては画像検査や特殊検査へと段階的に進める必要があることを説明します。なぜそれぞれの検査が必要なのか、その目的と限界についても触れます。診断には時間と費用がかかる可能性があることも事前に伝えておくべきです。
  • 飼い主の協力の必要性
    • 正確な診断と効果的なモニタリングのためには、自宅での飲水量の測定や排尿状況の観察など、飼い主の協力が非常に重要であることを強調します。具体的な観察方法や記録の付け方などを指導します。
  • 治療計画とインフォームド・コンセント
    • 診断がついた場合、あるいは疑われる疾患に対する治療を開始する際には、その疾患の性質、治療法の選択肢(内科療法、外科療法、食事療法など)、それぞれの治療法のメリット・デメリット(効果、副作用、リスク)、予想される費用(初期費用、維持費用)、そして期待される予後(最良の場合、最悪の場合を含む)について、十分な情報を提供します。飼い主の意向やライフスタイル、動物の状態を考慮しながら、最適な治療計画を共に決定し、納得の上で治療に進む(インフォームド・コンセント)ことが重要です。
  • 長期管理の重要性
    • 特に慢性疾患の場合、治療や管理が生涯にわたる可能性があることを明確に伝えます。定期的な通院・検査の必要性、日々のケア(投薬、食事管理など)の重要性を理解してもらい、治療を継続していくための心構えとサポート体制について話し合います。

参考文献

  1. Ettinger SJ, Feldman EC, Côté E. Textbook of Veterinary Internal Medicine. 8th ed. Elsevier; 2017: Chapter 53, Polyuria and Polydipsia.
  2. 伴侶動物臨床検査. 2024; No.2.
  3. Yvonne McGrotty., 2019. Polyuria and polydipsia in dogs. In Practice 41, 249-258.
  4. Yvonne McGrotty., 2019. Diagnostic approach to polyuria and polydipsia in dogs. Vet Record July 27, 110-111.
  5. Richard E. Goldstein DVM, DACVIM, DECVIM-CA, in Small Animal Critical Care Medicine (Second Edition), 2015. Chapter 51: Disorders of Water Balance.
  6. Schmid SM . A Stepwise Diagnostic Approach to Polyuria and Polydipsia . TVP (Today's Veterinary Practice) 2023.

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