猫の血尿・頻尿は病気のサイン?下部尿路疾患の原因と今すぐ飼主ができること

飼い主
飼い主

先生、うちの子がさっきから何度もトイレに行くんです…。でも、少ししか出ていなくて…よく見たら、おしっこがピンク色で、血が混じっているみたいなんです!食欲もなくて、なんだか辛そうにソファの下に隠れてしまって…。何か大変な病気なんでしょうか?

獣医師
獣医師

それはご心配ですよね。血尿が出ているのを見ると、誰でも不安になります。落ち着いてください、大丈夫ですよ。その症状は、猫ちゃんによく見られる『猫下部尿路疾患(FLUTD)』のサインかもしれません。多くの飼い主様が、あなたと同じように心配されて動物病院にいらっしゃいます。

飼い主
飼い主

そうなんですね…。どうしたらいいのか分からなくて…。

獣医師
獣医師

お気持ちお察しします。今から、その病気がどういうものなのか、そして飼い主様がお家で何ができるのか、順番に分かりやすく解説していきますね。この記事を読めば、きっと次にすべきことが明確になりますから、一緒に見ていきましょう。


この記事では、そんな飼い主様の不安に寄り添い、以下の点について獣医師が分かりやすく解説します。

この記事でわかること

  • なぜおしっこトラブルが起きるのか?最新の考え方「パンドラ症候群」とは
  • 今すぐできる!動物病院へ行く前に準備すべきチェックリスト
  • 愛猫のストレスを減らし、再発を防ぐための具体的な環境改善(MEMO)
  • 特発性膀胱炎の詳しい治療法や予後についての専門的な解説

【前半】愛猫のおしっこトラブルで悩む飼い主様へ

猫の下部尿路疾患(FLUTD)とは、膀胱や尿道といった「下部尿路」に起こるさまざまな病気の総称です。

その原因には尿石症や細菌感染症、腫瘍、先天性疾患などいくつかありますが、中でも圧倒的に多く見られるのが「特発性膀胱炎(FIC)」です。報告によると、下部尿路疾患の症状で動物病院を訪れる猫のうち、約60%(3分の2近く)がこの特発性膀胱炎(FIC)に該当すると言われています。

ですから、愛猫のおしっこトラブルの原因を理解し、適切に対処するためには、まずこの「特発性膀胱炎(FIC)」について知ることが非常に大切になります。

症状としては、以下のようなサインが見られます。

  • 頻尿(何度もトイレに行くが、少ししかおしっこが出ない)
  • 血尿(おしっこがピンク色や赤色になる)
  • 排尿困難(おしっこをしようといきんでいるが、出ていない)
  • 不適切な場所での排尿(トイレ以外で粗相をしてしまう)
  • 排尿時の痛み(痛そうに鳴き声をあげる)

これらの症状の背景には、単なる膀胱の問題だけではない、「パンドラ症候群」という全身的なストレス反応が関わっているという考え方が近年注目されています。

特発性膀胱炎とパンドラ症候群

これまで「原因不明」とされてきた猫の特発性膀胱炎(FIC)ですが、研究が進み、その多くは「パンドラ症候群」という、より大きな枠組みの中で起きていると考えられるようになりました。

これは、猫が慢性的なストレス(脅威)を感じ続けることで、脳の司令塔(中心脅威応答システム)が過剰に反応し、その影響が膀胱炎という症状だけでなく、消化器や皮膚、行動の変化など、全身に現れる状態を指します。つまり、特発性膀胱炎は、パンドラ症候群という全身状態が、特に膀胱に強く現れたものなのです。

動物病院へ行く前に:獣医師に伝えるべき観察ポイント

的確な診断のためには、飼い主様からの情報が何より重要です。動物病院へ行く前に、以下の点をチェックして獣医師に伝えてください。

  • [ ] 症状はいつから?(例:今朝から、2日前から)
  • [ ] 血尿はありますか?(色:鮮やかな赤、ピンク、茶色など)
  • [ ] トイレに何回くらい行きますか?(例:1時間に5回以上)
  • [ ] 1回のおしっこの量は?(例:ポタポタ程度、全く出ていない)
  • [ ] 排尿時の様子は?(例:いきんでいる、痛そうに鳴く、そわそわする)
  • [ ] トイレ以外の場所で粗相はしましたか?
  • [ ] 食欲と元気はありますか?
  • [ ] 水は飲んでいますか?
  • [ ] 最近、環境が変わったことは?(例:引っ越し、新しい猫が来た、模様替えした)
【!緊急!】おしっこが出ていないときは要注意


特にオス猫で、丸一日おしっこが全く出ていない場合は、命に関わる尿道閉塞の可能性があります。様子を見ずに、すぐに動物病院を受診してください。


【後半】より詳しく知りたい方へ

ここからは、下部尿路疾患の背景にあるメカニズムや、具体的な治療・管理方法について、より専門的に解説していきます。

原因と病態生理

1. 特発性膀胱炎(FIC)とパンドラ症候群
前述の通り、FICは単なる膀胱の炎症ではありません。引っ越しや同居猫との不和、騒音といった慢性的なストレスが脳の「中心脅威応答システム」を常に活性化させ、神経系や内分泌系、免疫系のバランスを崩します。その結果として、膀胱粘膜のバリア機能が低下したり、痛みを感じやすくなったりすることで、膀胱炎の症状が引き起こされると考えられています。

2. 尿石症
尿中のミネラル成分が結晶化し、結石となる病気です。猫で特に多いのは「ストルバイト尿石」「シュウ酸カルシウム尿石」です。これらの結石が膀胱の粘膜を傷つけることで、血尿や頻尿といった症状を引き起こします。

診断

診断は、尿検査や超音波検査、レントゲン検査などを組み合わせて行われます。特発性膀胱炎(FIC)の診断は、尿石症、細菌感染症、腫瘍といった、類似の症状を示す他の病気の可能性を一つずつ除外していくことで、総合的に判断されます。


猫の特発性膀胱炎(FIC)、治療法の詳細

猫の特発性膀胱炎(FIC)の治療を考える上で非常に重要なのは、この病気が人の「間質性膀胱炎・膀胱痛症候群(IC/BPS)」と病態が非常によく似ているという点です。

実際に、日本泌尿器科学会などが編集した『間質性膀胱炎・膀胱痛症候群 診療ガイドライン』 を見ても、その治療方針には多くの共通点があります。

人のIC/BPS治療では、まず薬物以外の「保存的治療」が基本とされています 。具体的には、「緊張の緩和(Stress reduction)」「食事療法(Dietary modification)」が、いずれも推奨グレードB(行うよう勧められる)と明記されているのです 。これは、猫のFIC治療の根幹が、まさに「多面的環境改善(MEMO)」というストレス管理と食事管理にあることと、全く同じ考え方です。人の医療におけるエビデンスが、猫の環境改善の重要性を裏付けていると言えるでしょう。

また、薬物療法においても、人の難治例に対して推奨グレードBで勧められている「アミトリプチリン」* は、猫の重度で難治性のFICで検討される薬物と共通しています。

このように、FICの治療は単一の特効薬に頼るのではなく、人の医療と同様に、環境、食事、そして必要に応じた薬物療法を組み合わせた多角的なアプローチが重要となります。治療は、症状が強く出ている「急性期」と、再発を防ぐための「慢性期」の2つのフェーズに分けて考えます。

1. 急性期の治療:まずは辛い痛みを和らげる(数日〜1週間程度)

この段階の最優先目標は、猫が感じている痛みと不快感を速やかに取り除くことです。

  • 鎮痛薬の投与:
    獣医師は、猫の状態に合わせて鎮痛薬(例:ブプレノルフィンなど)を処方します。これにより、排尿時の痛みを和らげ、猫の苦痛を軽減します。
  • 抗不安薬・鎮静薬:
    ストレスや痛みが強い場合、精神的な緊張を和らげる薬が処方されることがあります。これにより、不安が原因で起こる尿道の筋肉の痙攣(けいれん)を緩め、排尿をスムーズにする効果も期待できます。
  • 輸液療法:
    脱水が見られる場合や、尿を希釈して膀胱への刺激を減らす目的で、皮下点滴や静脈点滴が行われることがあります。

これらの治療は、あくまで今ある症状を抑えるための対症療法です。FICの根本的な問題は、次の「慢性期の管理」で対処していくことになります。

2. 慢性期の管理:再発させないための多角的なアプローチ(生涯にわたるプロセス)

FICは再発しやすい慢性的な状態であるため、「治す」というより「症状をコントロールし、うまく付き合っていく」という視点が非常に重要です。その中心となるのが以下の3つの柱です。

【最重要】① 多面的環境改善(MEMO)

これがFIC治療の根幹です。薬物療法よりも重要かつ効果的であるとされています。猫が感じる「脅威」を減らし、「自分で環境をコントロールできる」という感覚を高めることで、ストレス反応の引き金を引かないようにするアプローチです。

【獣医師の視点】
以前、頻繁に膀胱炎を繰り返していた猫ちゃんが、飼い主様のご協力でトイレの数を一つ増やし、静かな場所に移動しただけで、ピタッと再発が止まったケースがありました。ほんの少しの変化が、猫にとっては大きな安心に繋がることがあります。

具体的なMEMOの要素(健康なネコの環境の5つの柱)
  • 安全な場所の提供: 誰にも邪魔されずに隠れたり休んだりできる場所(段ボール箱、棚の上など)を確保する。
  • 重要な資源の分散: 食事、水、トイレ、爪とぎ、休息場所を複数(理想は猫の数+1個)、家の別々の場所に配置する。
  • 遊びと捕食本能の発散: おもちゃを使って、獲物を狩るような遊びの機会を毎日作る。
  • ポジティブな人との関係: 猫からのサインを尊重し、無理に抱っこしたり撫でたりしない。
  • 匂いを尊重した環境: 香りの強い芳香剤などを避け、猫自身のフェロモン(頬をこすりつけるなど)が残る環境を大切にする
参考https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11383066/AAFP and ISFM Feline Environmental Needs Guidelines

1. 安全な場所の提供

  • 目的: 猫が誰にも邪魔されず、心から安心できる「隠れ家」を確保すること。
  • 理由: 猫は本来、捕食者であると同時に、他の動物から狙われる存在でもあります。そのため、身を隠し、周囲を安全に観察できる場所があることは、ストレスを軽減する上で不可欠です。
  • 具体的な実践方法:
    • 段ボール箱を置く: 横向きに置くだけで、素晴らしい隠れ家になります。
    • キャリーケースを開放する: 普段から扉を開けて、中に毛布などを敷いておけば、「怖い場所」から「安心できる寝床」に変わります。
    • 高い場所を作る: 棚の上やキャットタワーの最上段など、部屋全体を見渡せる高い場所は猫にとって理想的な安全地帯です。そこに猫用ベッドを置いてあげましょう。
    • 猫が自分で選んだ場所を尊重する: 猫が好んで隠れているクローゼットの中やベッドの下などを、無理に片付けたりせず、むしろ快適な寝床として整えてあげましょう。

2. 重要な資源の分散配置

  • 目的: 食事、水、トイレなどの生活に不可欠な資源をめぐる、猫同士の無用な競争や緊張をなくすこと。
  • 理由: 猫にとって、食事場所とトイレ、水飲み場は全く別の意味を持つ場所です。これらが近すぎると、本能的なストレスを感じることがあります。また、多頭飼育の場合、資源が1ヶ所に集中していると、気の強い猫が独占してしまい、他の猫が我慢を強いられる原因になります。
  • 具体的な実践方法:
    • トイレの数: 「猫の数 + 1個」を家の別々の場所に設置するのが理想です。隣同士に置いても、猫は「1つの大きなトイレ」としか認識しません。
    • 水飲み場の増設: 家の複数箇所(リビング、寝室など)に水飲み場を設置し、いつでも新鮮な水が飲めるようにします。フードボウルのすぐ隣ではない方が良いでしょう。
    • 食事場所の工夫: 多頭飼育の場合は、それぞれの猫が落ち着いて食べられるように、少し離れた場所や、高さの違う場所(一方は床、もう一方はキャットタワーの中段など)で食事を与えましょう。

3. 遊びと捕食本能の発散

  • 目的: 室内飼いの猫が本来持っている「狩り」の本能を満たし、退屈によるストレスを解消すること。
  • 目的: 室内での生活は安全ですが、猫にとっては退屈で刺激が少ない環境になりがちです。満たされない狩猟本能は、ストレスや問題行動の原因になります。
  • 具体的な実践方法:
    • おもちゃを使った遊び: 猫じゃらしやレーザーポインター(※最後は必ずおやつなど実体のあるものを捕まえさせてあげてください)を使い、獲物のように動かして遊びます。1回5分〜10分程度で良いので、毎日時間を決めて遊んであげると、生活にメリハリが生まれます。
    • 知育トイ(フードパズル)の活用: おやつやフードを簡単には取り出せないおもちゃを与えることで、猫は頭と体を使って「獲物」を手に入れる達成感を味わえます。
    • 遊びの終わり方: 遊んだ後は、必ずおやつを与えたり食事の時間にしたりして、「狩りの成功」として締めくくってあげましょう。

4. ポジティブで一貫性のある人との関係

  • 目的: 猫が「この人は安全だ」と認識し、人との関わりがストレスではなく、安心できるものであると学習すること。
  • 理由: 猫は自分のペースを大切にする動物です。人間側の都合で無理に抱っこしたり、構いすぎたりすると、大きなストレスを感じます。猫が人との関わり方を自分でコントロールできる状況が、信頼関係を築く上で最も重要です。
  • 具体的な実践方法:
    • 猫から寄ってくるのを待つ: 撫でたり抱っこしたりするのは、猫が自分からすり寄ってきた時にしましょう。
    • 猫のボディランゲージを学ぶ: しっぽをパタパタさせていたら「少しイライラしている」、耳が横に倒れていたら(イカ耳)「不満や恐怖を感じている」サインです。そのような時は、そっとしておいてあげましょう。
    • 挨拶は「ゆっくりな瞬き」で: 猫の世界では、目をじっと見つめるのは威嚇のサインです。猫と目があったら、愛情を込めてゆっくりと瞬きを返してあげましょう。

5. 匂いを尊重した環境作り

  • 目的: 猫にとって最も重要な情報源である「匂い」の世界を大切にし、化学的な強い香りで猫を混乱させないこと。
  • 理由: 猫は、自分の匂い(フェロモン)を柱や家具にこすりつけることで、自分の縄張りをマーキングし、安心感を得ています。香りの強い芳香剤や消臭剤、香料付きの猫砂は、この大切な「匂いの地図」をかき消してしまい、猫を不安にさせます。
  • 具体的な実践方法:
    • 無香料の猫砂を選ぶ: 多くの猫は、香りのない、自然な砂に近いタイプの猫砂を好みます。
    • 芳香剤やアロマの使用を控える: 特に猫がよく過ごす部屋では、香りの強い製品の使用は避けましょう。
    • 掃除のしすぎに注意: 猫が使っている毛布などを洗濯する際は、一枚は洗い、一枚は匂いが残ったままにしておくなど、一度に全ての匂いを消してしまわない工夫も有効です。
② 栄養学的管理(食事療法と水分摂取)
  • 水分摂取の最大化: 尿石症とFICの両方において、尿を薄めることが最も重要な戦略です。目標は尿比重を1.030未満に維持することです。
    • ウェットフードへの切り替え: 食事から水分を摂取できるウェットフード(水分含有量70%以上)が最も効果的です。
    • 飲水環境の工夫: 水飲み場を複数設置する、器の素材を変える、流れる水が好きな子には給水器を試す、などの工夫をしましょう。
  • 療法食の活用:
    獣医師の指導のもと、尿路の健康維持やストレス管理を目的とした療法食が用いられます。これらには、精神的な落ち着きをサポートする成分(L-トリプトファン、加水分解ミルクプロテインなど)や、抗炎症作用のあるオメガ3脂肪酸などが含まれていることがあります。c/dやユリナリーシリーズだと後ろにCLTやマルチケアなどと書かれているものがそういった商品になります。
③ 薬物療法・サプリメント(環境改善で管理が難しい場合に)

ここで紹介する薬物療法やサプリメントは、あくまで多面的環境改善(MEMO)と食事療法を徹底しても、症状のコントロールが難しい場合に獣医師が検討する補助的な選択肢です。これらは自己判断で使用せず、必ず獣医師の診断と指導のもとで用いるようにしてください。


1. 抗うつ薬・抗不安薬
  • 目的: 慢性的な痛み、不安、そして膀胱の過敏性を和らげること。
  • なぜ「うつ」の薬?: これらの薬(三環系抗うつ薬のアミトリプチリンや、SSRIのフルオキセチンなど)は、脳内の神経伝達物質に作用します。FIC/パンドラ症候群は脳の「中心脅威応答システム」の異常が根底にあるため、脳に働きかけることで、不安を軽減するだけでなく、膀胱の痛みを感じにくくしたり(鎮痛作用)、神経が原因で起こる炎症を抑えたりする効果が期待されます。人の間質性膀胱炎の治療でも、難治性の痛みに対してアミトリプチリンが推奨されていることからも、その関連性がうかがえます。
  • 使用を検討するケース: MEMOを実践しても頻繁に再発を繰り返す場合や、明らかな不安行動(過剰なグルーミング、隠れて出てこないなど)が見られる重症例で検討されます。
  • 注意点: 効果が現れるまでに数週間かかることがあり、獣医師による慎重な容量調節が必要です。眠気や食欲の変化などの副作用が見られることもあります。
2. GAG(グリコサミノグリカン)製剤
  • 目的: 膀胱粘膜のバリア機能を補強すること。
  • GAGとは?: 健康な膀胱の内壁は、GAG(グリコサミノグリカン)という成分を含む粘液層で覆われています。この層は、尿に含まれる刺激物質から膀胱の細胞を守る「バリア」の役割をしています。
  • なぜサプリメントを?: FICの猫では、このGAG層が薄くなったり、損傷したりしていることが指摘されています。バリア機能が低下すると、尿の刺激が直接膀胱の知覚神経に伝わり、痛みや炎症を引き起こしやすくなります。N-アセチルグルコサミンなどのGAG成分をサプリメントとして補給することで、このバリア層の修復を助け、膀胱を内側から守ることを目指します。
  • 注意点: GAG製剤は医薬品ではなく、栄養補助食品(サプリメント)として位置づけられます。その効果については現在も研究が続けられていますが、副作用が少なく安全性が高いため、治療の補助として広く用いられています。
3. 合成フェロモン製剤
  • 目的: 猫の生活空間に「安心のサイン」を増やし、環境に対するストレスを軽減すること。
  • 猫の顔フェロモンとは?: 猫が柱や家具、あるいは飼い主さんの足に顔をスリスリとこすりつける時、頬から「フェイシャルフェロモン」という化学物質を出しています。これは猫にとって「ここは安全で安心できる場所だよ」というマーキングであり、猫自身の心を落ち着かせる効果があります。
  • どのように使うか?: このフェロモンを人工的に合成した製品(コンセントに差し込む拡散器タイプや、スプレータイプなど)を、猫がよく過ごす部屋で使うことで、空間全体に「ここは安全だよ」というメッセージを常に発信し続けることができます。これにより、環境の変化などに対する猫の不安感を和らげ、ストレスレベルを全体的に引き下げる効果が期待できます。これはMEMO(多面的環境改善)をさらに強化するための、非常に有効なツールの一つです。

予後について

尿道閉塞を起こさない限り、特発性膀胱炎が直接命に関わることは稀で、生命予後は一般的に良好です。

しかし、再発を繰り返すと猫自身とご家族のQOL(生活の質)が大きく損なわれます。治療のゴールは、再発の頻度と重症度をできるだけ抑え、猫ちゃんとご家族が穏やかに暮らせる時間を最大限に延ばすことです。そのための鍵が、ご紹介した多角的なアプローチの継続的な実践となります。

専門的なFAQ

ストレスが原因なら、精神安定剤のようなお薬だけで治りますか?
お薬はあくまで補助的な役割です。根本的な解決と再発予防には、猫が安心できる生活環境を整える「多面的環境改善(MEMO)」が最も重要になります。長期的な使用で症状がやわらいだという報告もありますがまだまだエビデンスが少ないのが現状です。
療法食は一度始めたら、一生続けないといけないのでしょうか?
尿石症の場合、再発予防のために生涯にわたる食事管理が推奨されることが多いです。特発性膀胱炎の場合は、ストレス管理に配慮した食事を続けることが有効な場合があります。ただし、猫ちゃんの状態によって方針は変わりますので、必ず獣医師の指示に従ってください。
水をたくさん飲ませるには、どうしたらいいですか?
ウェットフードに切り替えるのが最も効果的です。また、新鮮な水をいつでも飲めるよう、水飲み場を家の複数箇所に設置しましょう。陶器やガラスなど、器の素材を変えたり、流れる水が好きな子には給水器を試したりするのも良い方法です。

まとめ

猫の下部尿路疾患、特に特発性膀胱炎は、単なる膀胱の病気ではなく、その背景に「パンドラ症候群」という全身的なストレス反応が隠れていることがあります。

辛い症状を繰り返さないためには、薬や療法食だけに頼るのではなく、愛猫が日々を安心して過ごせる環境を整えてあげることが何よりも大切です。この記事でご紹介したチェックリストや環境改善(MEMO)が、愛猫の健康とご家族の安心な毎日に繋がれば幸いです。

少しでも気になるサインがあれば、一人で抱え込まず、かかりつけの動物病院に相談してください。

参考文献・引用元リスト
・[Westropp J.L, et al. Chronic lower urinary tract signs in cats. Vet Clin Small Anim Pract. 2019]
・[Buffington C.A.T. Pandora syndrome in cats. Today's Vet Pract. 2018]
・[Ellis S.L, et al. AAFP and ISFM feline environmental needs guidelines. J Feline Med Surg. 2013]
・[日本間質性膀胱炎研究会/日本泌尿器科学会. 間質性膀胱炎・膀胱痛症候群診療ガイドライン. 2019]