すぐ隣に、その危険はあります。獣医師が今、最も警鐘を鳴らす感染症「SFTS」の本当の恐ろしさ
「原因不明の突然死」、その裏にはSFTSが隠れているかもしれません。かつて西日本の病気と思われたこの感染症は、野生動物によって今や私たちのすぐそばまで迫っています。
なぜSFTSがこれほど恐れられるのか、その理由と、ペット、そしてあなた自身の命を守るために絶対に欠かせない対策を解説します。
そもそも「SFTS」って何?知っておくべき3つの基本
SFTS(重症熱性血小板減少症候群)とは、SFTSウイルスを保有するマダニに咬まれることによって感染する、ウイルス性の病気です。
この病気の本当に恐ろしい点は、以下の3つの特徴に集約されます。
① 動物だけの病気ではない
SFTSは、犬や猫だけでなく、私たち人間にも感染する「人獣共通感染症」です。
マダニからだけでなく、感染して発症したペットの血液や体液、排泄物などに触れることで、飼い主さんや獣医師が二次的に感染した事例も報告されています。

② 全国に広がる脅威
以前は「西日本の病気」というイメージがありましたが、その状況はもう過去のものです。
近年では静岡県で人や猫の症例が増加し、千葉県でも患者が報告されるなど、その脅威は着実に東へと広がっています。
③ 報告されている数字は「氷山の一角」
そしてこれが、最も知っていただきたい事実です。滋賀県の「犬1件、猫5件」という数字は、あくまで『SFTSと正式に診断され、報告された数』に過ぎません。
特に猫の場合、感染すると症状が急速に悪化して数日で亡くなってしまうことも珍しくなく、十分な検査や診断がなされる前に『原因不明の突然死』として扱われているケースが、水面下に相当数隠れていると専門家は考えています。
「報告数が少ないから、うちの周りは安全」では、決してないのです。
SFTSは、私たちが気づかないうちに、すぐそばまで迫っているのかもしれません。
ペットにとってのSFTSの本当の恐ろしさ
SFTSが身近な脅威であることはお分かりいただけたかと思います。では、もしあなたのペットが感染してしまったら、一体どうなるのでしょうか。
この病気は、猫と犬とで少し様相が異なりますが、どちらにとっても「命に関わる非常に危険な病気」であることに変わりはありません。
猫の場合:「感染=死」に直結しかねない高い致死率
猫の飼い主さんには、まずこの数字を知っておいていただかなくてはなりません。SFTSを発症した猫の致死率は60%を超えるという報告があります。
これは、発症してしまったら半数以上が助からない、ということを意味します。さらに恐ろしいのは、その進行の速さです。重症例では、症状が出てからわずか数日で亡くなってしまうことも珍しくありません。
- 急に元気がなくなる、ぐったりする
- 食欲が全くなくなる
- 40℃前後の高熱
- 白目が黄色くなるなどの黄疸(おうだん)症状
- 頻回の嘔吐や下痢
これらの症状が一つでも見られたら、「少し様子を見よう」は絶対に禁物です。すぐに動物病院を受診してください。
犬の場合:「軽症」という言葉に騙されてはいけない
「犬は猫に比べて軽症か、症状が出ないこともあるんでしょ?」
そう思われるかもしれません。確かに、猫よりも症状が軽く済んだり、感染しても症状を示さない「不顕性感染」であったりするケースも報告されています。
しかし、その「軽症」という言葉に油断することが、最も危険です。
症状が出ない子がいる一方で、発症すれば激しい症状に苦しみ、命を落とす犬もいます。
ある調査では、発症した犬の致死率は40%を超えるというデータも出ています。
ワンちゃんが、症状の軽い方なのか、重い方なのかは、誰にも予測できません。
- 発熱
- 元気・食欲の低下
- 嘔吐や下痢、血便
猫のような劇的な症状が出にくいこともあるため、飼い主さんの「いつもと何か違う」という直感が、何よりも重要になります。
なぜ身近に危険が?忍び寄る野生動物とウイルスの関係
前の章で、SFTSがペットにとってどれほど恐ろしい病気かをお伝えしました。
「でも、なぜそんな危険なウイルスが、愛荘町のような場所に?」
そう思われるのも当然です。その答えの鍵は、私たちの周りにいる「野生動物」が握っています。
SFTSウイルスは、もともと人間やペットの世界ではなく、「マダニと野生動物」の間で維持されているウイルスです。
実際に、日本に生息する野生動物を調査すると、驚くほど多くがSFTSウイルスに感染した痕跡(抗体)を持っています。
- ニホンジカ: ある地域では 64.6% が抗体陽性
- イノシシ: こちらも 38.5% が抗体陽性
これは、彼らの世界ではSFTSウイルスが決して珍しいものではない、ということを示しています。
ここで、愛荘町について考えてみましょう。
愛荘町は東に鈴鹿山脈を望み、宇曽川や愛知川が流れる、田園風景の広がる自然豊かな町です。
シカやイノシシといった野生動物の体に付着したウイルス保有マダニが、私たちのすぐそばまで運ばれてきている、ということに他なりません。
SFTSのリスクは、「深い山の中」だけの話ではありません。
ワンちゃんとの散歩でよく利用する河川敷の草むら、子どもたちが遊ぶ公園の茂み、そしてもしかしたら自宅の庭の植え込みにさえ、その危険は潜んでいる可能性があります。
油断大敵!「予防薬だけ」で本当に安心?
ここまで読み進めてくださったあなたは、きっとペットへの健康意識が非常に高い飼い主さんだと思います。そして、多くの方が動物病院で処方されるマダニ予防薬を、SFTS対策の柱として使っていることでしょう。
それは、まさしく**「基本中の基本」であり、絶対に欠かすことのできない最も重要な対策**です。
しかし、そのたった一つの対策だけで、「100%安心」と言い切れるのでしょうか。
残念ながら、答えは「ノー」です。
実際に、ある動物病院の報告では、毎月欠かさずマダニ予防薬を投与していたにもかかわらず、SFTSを発症し、亡くなってしまった猫の事例が記録されています。
なぜ、そんな悲劇が起きてしまうのか。
一つは、私たちの「思い込み」です。
前の章でも触れましたが、「マダニの活動は春から夏だけ」という考えは大きな誤解です。データは、動物のSFTSは春に多いものの、年間を通して発生していることを明確に示しています。秋や冬に予防薬を自己判断でお休みしてしまう、その期間こそが、最大の弱点になりうるのです。
また、そもそもマダニ予防薬は「100%の付着・吸血を防ぐものではない」ということも知っておく必要があります。
だからと言って、「予防薬は意味がない」ということでは決してありません。
予防薬は、マダニに吸血されるリスクと、吸血された場合にウイルスを伝播されるリスクを劇的に下げる、感染防御の最前線です。
私たちが考えるべきは、こうです。
「予防薬という最強の土台の上に、さらにどんな対策を積み重ねて、防御の壁を鉄壁にできるか?」
次の最終章では、その具体的な方法についてお話しします。
「予防薬+α」
SFTSの恐ろしさ、そして危険がすぐ身近にあることをお伝えしてきました。では、具体的にどうすれば、私たちは大切な家族をその脅威から守れるのでしょうか。
答えは、「予防薬」という最強の土台の上に、複数の防御策(+α)を丁寧に積み重ねていくことです。
【大前提】動物病院で処方される予防薬の「通年投与」
まず、全ての対策の土台となるのが、動物病院で処方されるマダニ駆除薬の定期的な投与です。
自己判断で市販薬を選んだり、暖かい時期だけでやめたりせず、必ず獣医師に相談の上、年間を通した「通年予防」を徹底してください。
これがなければ、他の対策をいくら頑張っても防御壁には大きな穴が空いたままです。
【+α その1】マダニとの遭遇率を物理的に下げる「おうちでの対策」
- 猫は「完全室内飼育」を徹底するSFTSで亡くなる猫の多くは、屋外で感染しています。『うちの子は大丈夫』と思わず、脱走防止策なども見直し、外に出さない飼い方を徹底しましょう。
- 庭や家の周りの草刈りをこまめに行うマダニは草むらに潜んでいます。自宅の庭が、マダニにとって絶好の隠れ家にならないよう、定期的に草刈りをして風通しを良くしておきましょう。
【+α その2】危険を持ち込まない「お散歩の対策」
- 草むらや藪には近づかない散歩の際は、マダニが多く潜む草むらや藪、落ち葉の多い場所はなるべく避けるようにしましょう。
- 帰宅後に体をチェック&ブラッシングする散歩から帰ったら、マダニが付着していないか、全身をチェックする習慣をつけましょう。特に、耳、目の周り、指の間、内股、お尻の周りなどは、マダニが付きやすいポイントです。体についたばかりのマダニなら、ブラッシングで払い落とせることもあります。
【+α その3】慌てず正しく行動する「万が一の対策」
- マダニを見つけても、絶対に無理に取らないもし吸血しているマダニを見つけても、焦って引っ張らないでください。マダニの口の一部が皮膚に残り、化膿する原因になります。必ず、そのままの状態で動物病院を受診してください。
- 疑わしい症状が出たら、すぐに動物病院へ:紹介したような症状(急な元気・食欲の消失、発熱など)が見られた場合は、決して様子を見ず、ためらわずに動物病院に相談しましょう。その際、「SFTSが心配だ」と伝えていただけると、よりスムーズな診断に繋がります。
まとめ:大切な家族を守るために、今日から意識をアップデートしよう
SFTSという、目に見えない脅威について、ここまでお読みいただきありがとうございました。
最後に、この記事でお伝えした最も重要なことを振り返ります。
- SFTSは、特に猫にとって非常に致死率が高く、犬や人間にも感染しうる恐ろしい病気です。
- そのウイルスを運ぶマダニは、野生動物によって、ここ愛荘町のような身近な自然環境にも潜んでいます。
- 「春・夏だけの予防」や「予防薬だけ」に頼る対策では、ペットを守りきれない可能性があります。
- 最強の防御策は、【動物病院での通年予防】を大前提に、【マダニと接触させない日々の工夫】を実践していくことです。
たくさんの情報に、少し不安を感じてしまったかもしれません。しかし、SFTSは、正しい知識を持ち、適切な対策を年間を通して続けることで、そのリスクを大幅に減らすことができる病気でもあります。
この記事を読んで、ご自身の対策に少しでも不安を感じたり、詳しく確認したいと思ったりした方は、ぜひ一度、かかりつけの動物病院に相談してみてください。