デンタルケア:お家でのケアと病院での治療

デンタルケア:お家でのケアと病院での治療【甲賀地域の犬と猫のために】

はじめに:お口の健康は全身の健康の入り口

「うちの子、最近口が臭う気がする…」「歯が黄色くなってきたけど、大丈夫?」

愛犬・愛猫のお口のケア、気になってはいませんか?

実は、3歳以上の犬・猫の約8割が歯周病にかかっていると言われています [7]。歯周病は、口臭や歯の痛みだけでなく、進行すると歯が抜け落ちてしまったり、さらには細菌が血液に乗って全身に広がり、心臓病、腎臓病、肝臓病など、他の臓器の病気に悪影響を与える可能性も指摘されています [7]。

お口の健康を守ることは、全身の健康維持、そして健康寿命を延ばすためにも非常に重要です。このページでは、歯周病の原因から、お家でできるデンタルケア、そして動物病院で行う専門的な治療について詳しく解説します。

(このページは「予防医療【総合ガイド】」の一部です)

歯周病とは? ~静かに進行するお口のトラブル~

歯周病は、歯垢(プラーク)の中の細菌によって引き起こされる、歯の周りの組織(歯肉、歯槽骨など)の炎症性疾患です。

  1. 歯垢(プラーク)の付着: 食後、食べかすや細菌が歯の表面に付着し、ネバネバした「歯垢(プラーク)」を形成します。歯垢1mg中には、なんと約1億個もの細菌がいると言われています。
  2. 歯石の形成: 歯垢は唾液中のミネラルと結合し、わずか2~3日で硬い「歯石」に変化します。歯石の表面はザラザラしているため、さらに歯垢が付着しやすくなります。
  3. 歯肉炎: 歯垢・歯石中の細菌が出す毒素により、歯ぐき(歯肉)が炎症を起こし、赤く腫れたり、出血しやすくなったりします。この段階が「歯肉炎」です。歯肉炎の段階であれば、適切なケアで健康な状態に戻すことが可能です。
  4. 歯周炎: 炎症がさらに進行し、歯と歯ぐきの間の溝(歯周ポケット)が深くなり、歯を支える骨(歯槽骨)や歯根膜などが破壊されていく状態が「歯周炎」です。ここまで進行すると、歯がグラグラしたり、最終的には抜け落ちてしまったりします。破壊された組織を完全に元に戻すことは困難です。[歯周病の進行を示すイラスト(正常→歯肉炎→歯周炎)]

お口のトラブルのサインを見逃さないで!

以下のようなサインが見られたら、歯周病やその他の口内トラブルの可能性があります。早めに動物病院にご相談ください。

  • 口臭がきつくなった
  • 歯が黄色い、茶色い(歯石が付いている)
  • 歯ぐきが赤い、腫れている
  • 歯ぐきから血が出る(歯磨き時、硬いおもちゃを噛んだ時など)
  • よだれが多い、よだれが臭う
  • 食べにくそうにする、硬いものを避ける
  • 片方の歯だけで噛んでいる
  • 口元を触られるのを嫌がる
  • 歯がグラグラしている、抜けた
  • 顔(特に目の下や顎)が腫れている(歯の根っこに膿が溜まっている可能性)

お家でできるデンタルケア(ホームケア)

歯周病予防の基本は、歯垢が付着したままにならないようにすること、つまり毎日の歯磨きです。

歯磨きの重要性

  • 歯垢は歯磨きでしか除去できません。歯石になってしまうと、歯磨きだけでは取り除くことが難しくなります。
  • 理想は毎日、少なくとも2~3日に1回は歯磨きを行うことで、歯垢が歯石に変わるのを防ぎます。

歯磨きのステップ [7]

いきなり歯ブラシを使うのではなく、段階を踏んで慣らしていくことが成功のコツです。

  1. 口周りを触る: まずは口の周りや唇を優しく触ることから始め、慣れてきたら唇をめくって歯や歯ぐきに触れる練習をします。おやつなどのご褒美を使いながら、楽しい時間にしてあげましょう。
  2. 歯磨きシート・指サック: 歯磨きシートや指サックガーゼなどで、歯の表面を優しくこすります。まずは前歯から始め、徐々に奥歯へ。
  3. 歯磨きペースト: 犬猫用の歯磨きペースト(美味しい味がついているものが多い)を指につけて舐めさせたり、歯に塗ったりして味に慣れさせます。
  4. 歯ブラシ: 最後に歯ブラシに挑戦します。ペット用のヘッドの小さい、毛先の柔らかい歯ブラシを選びましょう。歯と歯ぐきの境目に45度の角度でブラシを当て、優しく小刻みに動かします。最初は短時間から始め、少しずつ慣らしていきましょう。全部の歯を完璧に磨こうとせず、まずは続けられる範囲で行うことが大切です。[歯磨きの方法を示す写真/イラスト]

歯磨き以外のケア用品(補助的な役割)

歯磨きがどうしても難しい場合や、歯磨きと併用することで効果を高めるために、以下のようなケア用品もあります。ただし、これらは歯磨きの代わりにはなりません。歯周ポケットの中の歯垢除去効果は限定的です。

  • デンタルガム・おやつ: 噛むことで歯垢の付着を物理的に抑制したり、歯垢を付きにくくする成分が含まれていたりするものがあります。与えすぎによるカロリー過多に注意しましょう。
  • デンタルトイ: 噛むことで歯の表面をこする効果が期待できるおもちゃ。
  • 液体デンタルケア・サプリメント: 飲み水に混ぜるタイプや、フードにかけるタイプなどがあり、口内環境を整える効果が期待されます。
  • デンタルケア用処方食: 歯垢・歯石の付着を軽減するように配慮された粒の形状や成分を持つフード。

動物病院での専門的なデンタルケア(プロフェッショナルケア)

毎日のホームケアに加えて、定期的な動物病院での歯科検診と、必要に応じた専門的なクリーニング(歯石除去など)が重要です。

定期的な歯科検診

  • お口の中の状態を獣医師がチェックし、歯周病の進行度や他の異常がないかを確認します。
  • ホームケアの方法についてのアドバイスも受けられます。
  • 少なくとも年に1回、シニア期や歯周病のリスクが高い場合は半年に1回程度の検診をお勧めします。

歯科処置(歯石除去・スケーリング&ポリッシング)

  • 歯石が付着してしまった場合、ホームケアだけでは除去できません。動物病院で専用の器具(超音波スケーラーなど)を用いて歯石を除去する必要があります。
  • 【重要】全身麻酔の必要性:
    • 安全かつ確実な歯科処置(特に歯周ポケット内の歯石除去や、歯の裏側などの見えにくい部分の処置)を行うためには、全身麻酔が不可欠です [7]。
    • 意識のある状態では、動物が痛みや恐怖で動いてしまい、口の中を傷つけたり、処置が不十分になったりする危険性が非常に高いためです。
    • 無麻酔での歯石除去を謳うサービスもありますが、歯の表面の見える部分の歯石しか取れず、歯周病の根本原因である歯周ポケット内の歯石や歯垢は除去できません。また、処置中に動物が動くことによる事故のリスクも高く、獣医学的には推奨されていません [7]。
  • 処置の流れ(一般的な例):
    1. 術前検査: 安全に麻酔をかけるため、血液検査やレントゲン検査などで全身状態をチェックします。
    2. 全身麻酔・モニタリング: 麻酔をかけ、処置中は心拍数、呼吸数、血圧、体温などを常に監視します。
    3. 口腔内検査・レントゲン検査: 麻酔下で歯周ポケットの深さを測定したり、必要に応じて歯科用レントゲンを撮影したりして、歯や歯槽骨の状態を詳しく評価します。
    4. 歯石除去(スケーリング): 超音波スケーラーやハンドスケーラーを用いて、歯の表面と歯周ポケット内の歯石を丁寧に取り除きます。
    5. 研磨(ポリッシング): 歯石除去後の歯の表面には細かい傷がついており、そのままでは再び歯垢が付着しやすくなります。専用の研磨剤と器具で歯の表面をツルツルに磨き上げ、歯垢の再付着を防ぎます [7]。スケーリングとポリッシングは必ずセットで行う必要があります。
    6. 抜歯など: 歯周病が重度に進行して保存が不可能な歯や、その他の問題(破折、吸収病巣など)がある歯は、抜歯が必要になる場合があります。
    7. 術後ケア: 麻酔から覚醒後、状態が安定したら帰宅となります。必要に応じて抗生物質や痛み止めが処方されます。

まとめ:ホームケアとプロフェッショナルケアの両輪で

お口の健康を守るためには、毎日の歯磨きを中心としたホームケアと、動物病院での定期的な検診・専門的なケアの両方が不可欠です。「どちらか一方だけ」ではなく、この二つを組み合わせることが、歯周病を予防し、愛犬・愛猫がいつまでも自分の歯で美味しくご飯を食べられるようにするための鍵となります。

「歯磨きのやり方が分からない」「うちの子のお口は大丈夫?」など、デンタルケアに関する疑問や心配事があれば、どんなことでもお気軽に当院にご相談ください。その子に合ったケア方法を一緒に見つけていきましょう。

参考文献

  • [1] 竹内和義(監修). 子犬と子猫の診療ガイド. 緑書房.
  • [7] 藤田桂一(編著) (2019). ジェネラリストのための犬と猫の歯科診療 スケーリング・抜歯の確かな技術を身につける. 緑書房.
  • (その他、必要に応じて歯周病と全身疾患の関連に関する文献などを追加)