犬の僧帽弁閉鎖不全症の症状と治療|咳や呼吸が気になるときに読む記事

犬の僧帽弁閉鎖不全症の症状と治療|咳や呼吸が気になるときに読む記事

はじめに

犬の心臓病の中でもっともよく見られる疾患のひとつが「僧帽弁閉鎖不全症(そうぼうべんへいさふぜんしょう)」です。小型犬で特に多く見られ、進行性の病気であることから、早期の発見と適切な管理がその後の生活の質を大きく左右します。本記事では、僧帽弁閉鎖不全症の基礎から症状、診断方法、治療法、日常生活での注意点までを飼い主向けに詳しく解説します。

僧帽弁閉鎖不全症とは

僧帽弁閉鎖不全症とは、心臓の左心房と左心室の間にある「僧帽弁」が完全に閉じなくなり、収縮時に血液が左心房へ逆流してしまう病気です。この状態が続くと、心臓は効率的に血液を全身へ送ることができず、代償的に心臓が拡大し、やがて「うっ血性心不全」へと進行する可能性があります。

この疾患は別名「慢性弁膜症」「変性性弁疾患」「心臓弁膜症」などとも呼ばれますが、英語ではMyxomatous Mitral Valve Disease(MMVD)と表記され、獣医学的にはこの略称が広く用いられています。

発症しやすい犬種と発症年齢

特に小型犬で中高齢になると発症リスクが高まります。以下は好発犬種の一例です。

  • キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル
  • チワワ
  • マルチーズ
  • トイ・プードル
  • ミニチュア・ダックスフント
  • ヨークシャー・テリア

発症のピークは8歳以降とされますが、キャバリアでは3~4歳で診断される例も少なくありません。遺伝的素因や性差(オスのほうがやや多い)も関連しているとされます。

主な症状とその進行

MMVDは初期段階では無症状であることが多く、心雑音の指摘をきっかけに発見されることがほとんどです。進行に伴い、以下のような症状が現れる可能性があります。

  • 乾いた咳(特に夜間や運動後)
  • 呼吸が浅く速い(安静時の呼吸数が増える)
  • 疲れやすい、散歩を嫌がる
  • 失神、ふらつき
  • 食欲低下、元気の消失

肺水腫を起こすと呼吸困難に陥り、緊急治療が必要となります。症状が出た段階での対処では遅れることがあるため、早期の診断とモニタリングが重要です。

進行の段階(ACVIM分類)

ACVIM(米国獣医内科学会)の分類では、MMVDは進行の程度に応じて以下のステージに分類されます。

ステージ概要
A発症リスクが高いが心雑音なし(例:キャバリアなど好発犬種)
B1心雑音あり・心拡大なし
B2心雑音あり・心拡大あり(無症状)
C心不全症状あり(咳・呼吸困難・肺水腫など)
D従来の治療ではコントロール困難な重度心不全

👉 詳細は ①:MMVDのステージと進行 をご覧ください。

診断に用いられる検査

MMVDの診断および重症度評価には、以下の検査が用いられます。

  • 聴診: 心雑音の有無・強さの確認
  • レントゲン検査: 心拡大や肺水腫の有無を確認
  • 心臓超音波検査(エコー): 弁の形状、逆流の程度、心臓の大きさや機能を評価
  • 血液検査: 腎機能や電解質の状態を確認。NT-proBNPなど心臓バイオマーカーも活用
  • 血圧測定: 高血圧の合併を確認

これらの検査により、ステージ判定や治療方針の決定、経過観察が行われます。

治療の基本:内科的管理

MMVDの治療は、基本的に内科的な薬物管理が中心となります。特にステージB2以降では、心拡大を認めた無症状の段階でも早期の治療介入が推奨されるようになっています。

使用される主な薬剤:

  • ピモベンダン: 心収縮力を高め、血管拡張作用を併せ持つ
  • フロセミド/トラセミド: ループ利尿薬。肺水腫などに有効
  • スピロノラクトン: 抗アルドステロン作用により心臓のリモデリングを抑制
  • ACE阻害薬(エナラプリルなど): 心負担軽減
  • トルバプタン: 難治性例に使われるアクアポリン阻害型利尿薬

👉 詳しくは ②:治療薬の種類とその役割 をご覧ください。

外科手術について

一部の専門施設では、弁の形状を整える「僧帽弁形成術」が実施されていますが、適応となるのは一部の症例に限られます。高度な設備と技術を要し、入院期間も比較的長いため、すべての飼い主に現実的な選択肢とは限りません。主治医と十分に相談のうえ判断してください。

さらに詳しい手術の概要や症例情報については、JASMINEどうぶつ循環器病センターのページも参考になります。

家庭でできるケア

愛犬のQOLを維持するためには、家庭での観察と日常管理も非常に重要です。

  • 呼吸数チェック: 安静時で1分間に40回を超える場合は要注意
  • 体重管理: 肥満は心臓に負担をかけるため、適正体重を維持
  • 定期通院: 状態に応じて3~6か月ごとの再診と検査
  • 薬の飲み忘れに注意: 継続が重要
  • 過度な運動の制限: 散歩は無理のない範囲で

👉 詳しくは③:家庭でできるケアとモニタリング をご覧ください。

まとめ

僧帽弁閉鎖不全症は、小型犬を中心に多く見られる進行性の心臓病です。早期発見と正確な診断、ステージに応じた治療と、家庭でのケアによって、発症後も長期にわたって快適な生活を送ることが可能です。愛犬の様子に少しでも異変を感じたら、迷わずかかりつけの動物病院にご相談ください。

無症状の段階でも心雑音や心拡大が進行していることがあります。定期的な健康診断で心臓の状態を確認することは、早期発見と治療に直結します。

👉 心臓病を含めたチェックをご希望の方は、健康診断・アニマルドックの詳細ページをご覧ください。

本疾患は獣医循環器領域でも研究が進んでおり、日本獣医循環器学会でも関連情報が公開されています。

関連ページ